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第4回 フリトゥーラ

2009年11月6日

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写真: ドミニカ共和国バニ市ロス・バランコネスにて。居眠りするフリトゥーラ店主

屋台経営者の苦悩

家の向かいにある屋台を営むオヤジから金を貸してくれといわれたときの話だ。彼の店では、鶏肉や豚肉の揚げもの、臓物の煮込みを豆ご飯やバナナ揚げ、スパゲティと一緒に提供している。ドミニカでは主食のひとつであるプラタノ(食用バナナ)を揚げたものをフリートと呼び、このフリートを売る屋台形式の店をフリトゥーラと呼んでいる。

屋台といっても家の軒先にプラスティックの椅子を数脚持ち出して、ガラスケースに料理を並べただけの店構えである。夕方に開店するこの店は、夕食を軽くすませる近所の人びとや夕食にありつけなかった男たちに重宝がられており、いつも多くの客がやってくる。しかし、このオヤジの経営は、はたから眺めていても危なっかしい。一晩で1200ペソ(約2500円)くらいがこの屋台の平均の売り上げであるが、ここから彼の苦悩がはじまる。まず、サンと呼ばれる頼母子講の払いに120ペソ。米や鶏肉などの材料費に700ペソ。プロパンガスの充填代が130ペソ。ここまでで、手許には200ペソしか残らない計算になる。

普段は深夜0時までねばって店じまいといったところだが、調子のいい日は10時に完売ということもある。そんな日は鼻歌を歌いながら接客をする。早く終れば大好きなラム酒を飲みに行けるからだ。しかし、調子に乗って明日の材料代にまで手をつけてしまうので、飲んだあくる日は、隣近所に借金を申し込むことになる。私にもときどきその役がまわってくるが、200から500ペソ程度を貸して10%の利子をもらう。金額が大きくなると携帯電話やバイクを担保に預かることもある。その日の閉店後か翌日には返済してくるところをみると、このオヤジの経営は完全なる自転車操業である。

ドミニカ食文化の代表選手

このオヤジとは近所のよしみで仲良くしているので、毎晩のように彼の隣に腰掛けて何を話すでもなく駄弁っている。その間にも客は入れかわり立ちかわりやってきては、値段の交渉で丁々発止のやりとりをして帰っていく。おもしろいことに、このオヤジが値段交渉に勝つ姿をついぞ見かけたことがない。根っからのいい奴なのだが、それゆえに自転車操業を余儀なくされるのだから複雑である。

この光景を眺めているだけでも飽きないが、毎晩通っていると、客の顔ぶれや来店時間に一定のパターンがあることがわかってきた。開店直後の揚げたてを目当てにやってくるもの、教会帰りに家族連れで立ち寄るものや飲みに行くまえの腹ごしらえに寄るものというように。なかには違う地域に引っ越したが、この店の味つけが好きで通ってくるような人やここで食べていると昔の知り合いと会えるからという理由でやってくる常連もいる。また、このオヤジは妻の兄弟からは代金を受け取らないばかりか、妻の甥たちに食器運びなどの仕事の駄賃代わりに食事をあたえている。かくいう私も隣の家に住んでいるからこの店にきている常連のひとりである。

食をめぐる人間関係

フリトゥーラはドミニカの食文化のみならず、社会関係を映しだす鏡であるのではないだろうか。ガラスケースに並ぶメニューからドミニカの家庭料理がわかるだけではない。その経営からはここの人びとの刹那的な金銭感覚が、料理を食べにくる客の顔ぶれからはこのバリオの人間関係が、裏庭の台所で料理を手伝う家族からはその親族関係が浮かびあがってくるからである。フリトゥーラにはドミニカの食をめぐる社会関係が凝縮されているのだ。

最後の客を送り出したのは11時前。ガラスケースを家のなかに運ぶのを手伝っていると「割り勘でラム酒を飲もうや」とのお誘い。さっきから鼻歌がでていたのでなんとなく嫌な予感はしていた。飲みに行くのはかまわないが、とひとりごちる私。やれやれ、明日はいくら貸してと頼みにくることやら。

(つづく)