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犬も人も、「悟り」具合は大差ない?!

2015年5月1日

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久しぶりの投稿です。今回からしばらくの間、私のアタマから離れない普遍のテーマについて、少し述べていこうと思います。

それは「なぜ、私(人)はこれほどまでに犬に心を奪われてしまうのか?」
ということです。

そして、このテーマと向き合っていると、犬という動物のことはもちろん、結局、「人とは」ということにまで及んでしまいました。もちろんそんな壮大で深遠なテーマについて、結論に至るはずがありません。ただ、人が犬と暮らすという行為の本質の一部が見えてきたと感じているこの頃です。

命尽きるまで続く 犬の眼の純粋さに人は及ばない

命尽きるまで続く
犬の眼の純粋さに人は及ばない

なぜ今回からこのテーマを書きはじめたのかといえば、それはしばらく前にワイドショーで流れていた、ドッグショーの入賞犬の毒殺というイギリスで起こった事件http://www.cnn.co.jp/showbiz/35061493.htmlがキッカケです。このニュースで心を痛めた方も多くいらっしゃるでしょう。日本でもブリーダー(と呼ばれる人)による大量不法投棄事件など犬関連のニュースも増加していますが、自分の愛犬であるゴールデン・レトリーバーの本場であり、日本よりはペット先進国と私が思っていたイギリスでもこのような事件が起こったのには少なからずショックでしたし、暗澹たる気持ちになりました。TVコメンテーターも人間のエゴ”の現れだと言っていましたが、まさにその典型です。私はこのブログで“犬は飼い主を写す鏡”と述べてきましたが、これらの事件は鏡の域を越えて、幼稚なエゴが直接的に犬の命そのものに被害が及んでしまった悲しい事件です。

この事件のように、犬を巻き込んだ歯止めがきかないエゴの放出は論外ですが、私も20年弱、犬とともに暮らし、さまざまな犬や飼い主さんとも接してきて、確かにそこにはエゴの品評会のような一面を感じますし、犬は弱い存在ですから、人のエゴも反映しやすいと言えるでしょう。“鏡”と表現しているのも「犬のフリみて我がフリ直せ」という意味も含んでいるからです。

しかし人のエゴがなくなるはずはありません。なくなることがいいことだとも思いません。大切なのはそのコントロールということでしょう。ただ自分のエゴのコントロールは、基本的に他者による介入ではなく自力で行いますから、困難を極めることだということに異論はないでしょう。

無意識に人が行ってしまう上から目線からをやめると違う犬の世界が見えてくる

無意識に人が行ってしまう上から目線からをやめると
違う犬の世界が見えてくる

では、犬との暮らしという分野で自分のエゴをうまくコントロールするにはどうすればいいのでしょうか。そのために私が至ったささやかな結論があります。それは、「犬と人の心の“悟り”具合は大差ない」ということです。人は優れた知能で言語や科学技術を駆使し、文明を築いてきました。その圧倒的な優位性は疑う余地はありません。

しかし「悟り=悟性」の分野に限れば、犬も人も大差ないのではないか、場合によっては犬の方が悟りを開いているとさえ思えます。人は超がつくほど複雑で高度で、かつ広大な世界のなかに生きていますから、エゴも当然超がつくほど複雑で高度で広大ですから、人間の優れたポテンシャルを持ってしても、悟ることは現時点でも不可能に近い行為でしょう。

一方、犬は生き物全体でみれば高度に進化していますが、人と比べるとエゴも含めて格段にシンプルです。そしてその進化とエゴのバランスは、人と大差ないと思えるのです。いや、逆にシンプルな分だけバランスがとれているのかもしれません。お前の方が悟っているなと感じる瞬間があることを、犬を飼った経験がある人なら解っていただけると思います。

こんな光景も美しいだけでなく、 もっと深い意味さえ感じさせてくれる

こんな光景も美しいだけでなく、
もっと深い意味さえ感じさせてくれる

要するに「悟り=悟性」の点では犬と人は対等だと言うことです。心底から人の側がそう思えれば、多くの人が無意識にやってしまうドッグライフ最大の障壁のひとつ「人間の上から目線」が消えていきます。この「上から目線」を消すことが充実した犬との暮らしの上で不可欠なことなのです。

<以下次回>


写真展開催、改めて犬の写真のことー1

2014年9月29日

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 大変ご無沙汰してしまいました。お詫びするとともに、ご報告もあります。それは、8月28日~9月3日、私の写真展を神奈川県葉山町の「HAYAMA CLUB」にて、そこのオープン記念として開催しました。タイトルがこのブログと同じく「犬ごころ、人ごころ」で、今開催のテーマは『犬と海』でした。おかげさまで多くの人々にお越しいただきました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。次回の開催のときはお知らせいたします。

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写真展に展示した作品の一部を今回はご紹介。ディロンの華麗なるジャンプシークエンス

 さて、久しぶりの今回は、写真展開催に関連して、改めて犬とその写真について述べてみたいと思います。
 犬の写真を撮影するということは難しいことです。犬は写真そのものを理解していませんし、言葉も通じません。じっとしていることも少なく、気まぐれに勝手に動きます。ましてやリード(引き綱)からリリースするものなら、堰を切ったように動き回ってしまうことが通例です。ですから、最低限マテやオスワリなどの基本的なしつけが出来ていないと写真を撮ることは極めて困難で、たとえそれが出来ても、撮影できる写真は、記念写真のような静的な写真に限られてしまいます。写真のバリエーションを増やし、内容的にグレードアップしていくには、やはり動的な写真も含めて、愛犬のありのままの自然な姿を撮影しなければなりませんが、これが難しいわけです。そこで少しコツや心構えをお伝えします。

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今年大病を煩うも、もうすぐ12歳なのに奇跡の復活で再び大海原に出たアンディ

 まず機材です。撮影が難しいためにどうしてもまずは本格的な機材を揃えようとする方も多いですが、必ずしもよい写真への近道とは言えません。携帯電話やスマートフォン、コンパクトデジカメなどの手軽な機材でいいのです。最近はそれらの機材も性能的に優れてきていますから、とにかくそれらでシャッターを切ることを私はお勧めします。そして、それらで撮っていると「もうちょっとアップで撮りたいな」とか、「あの瞬間が撮りたかったのにシャッターが下りなかった」とか、機材に関するいろんな不満を感じてくると思います。この不満が大切なのです。それも具体的であればあるほど良いのです。この不満によって機材についての知識を得よう、カメラについて少し勉強しようとするからで、一眼レフなどを揃えるのはそれからでも決して遅くはありません。
 機材はとても重要な要素ですが、それよりも大切なのが『どういう写真を撮りたいか』ということで、これも漠然と「いい写真を撮りたい」ではなく、『うちの○○が走っているところの写真が撮りたい』とか、『眠そうな表情を撮りたい』など具体的に思うことが大切です。特に犬の写真のように被写体がほとんど意図通りに動かず、一瞬のシャッターチャンスが重要となる類いの写真は、アタマの中に具体的な画柄のイメージを蓄積していくことが大切なのです。そしてそれには、まず、手軽な機材でシャッター経験を重ねていくことが最も近道だと私は思います。
 それに、その種の経験を少し積まないと、よいシャッターチャンスそのものが何なのかわからないので、機材の前にそれがわかるようになることが、まずは第一段階です。さらに、犬においてシャッターチャンスを逃さないためには、被写体との円滑なコミュニケーションと深い理解をはかることもとても重要です。このことはまさにモデルとカメラマンの関係と全く同じで、一流のモデルとカメラマンの領域にあなたの愛犬との関係が近づけば、それだけよい写真が撮れるようになるのです。

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私を犬の世界に導いた初代犬セナの瞑想。彼とこの表情の打ち合わせはしていない

 ただ、そう言われても一般の人はピンと来ないかもしれません。ではこれを犬とともに生活するという視点から見てみましょう。
 被写体という言葉を“愛犬”に置き換えてみてください。しつけをはじめとする愛犬との関係構築の基本と全く変わらないということに気がついた方もいることでしょう。つまり、愛犬とのよい関係性が築けていれば、よい写真が撮れる準備は整っているということなのです。逆にいくら撮影技術があっても、その点が築けていないとよい写真は撮れませんし、写真の世界は完全にデジタル化し、著しい機材の革新と進歩を果たしているので、初心者の方でも昔のプロの撮影技術を簡単に手に入れることが可能になっていますから、撮影技術のことはあまり気にしないで、とにかくどんどん撮影することです。


「子どもの本棚」7月号で『けふはここ、あすはどこ、あさつては』が紹介されました

2014年6月26日

日本子どもの本研究会編集の月間書評誌「子どもの本棚」7月号にて『けふはここ、あすはどこ、あさつては』を紹介していただきました。

山頭火の句とニコル氏の写真と文章が互いに呼び合ったかのような構成になっている。

と評してくださっています。

なお、日本子どもの本研究会では8月にニコルさんを招いての研究集会を企画されています。詳しくは以下のウェブサイトをご確認ください。


においの先に見えている世界とは?

2014年4月12日

においから膨大な情報を仕入れるワンコたち。においを嗅いでいるとき、彼らの頭のなかにはどのような世界が広がっているのだろうか?

においから膨大な情報を仕入れるワンコたち。
においを嗅いでいるとき、彼らの頭のなかには
どのような世界が広がっているのだろうか?

=前回に引き続き、人と犬とのコミュニケーションについて考えてみたい。前回は「人の言葉」が主なテーマだったが、今回は「におい」――すなわち「嗅覚」をテーマにしてみよう。
=ただその前に少し補足させてもらいたい。人は言葉でのコミュニケーションが主流となるが、犬は気配や気、エナジーなどの無形のものを感じ取る能力が高く、その上で総合的に判断していると前回書いたが、例えば犬が悪さをしたり、しつけたことができなかったりすると、どうしても人は大きな声を出して叱ったり怒鳴ったりしてしまう。しかし、犬が言葉を理解できるわけもなく、その高い音圧とヒステリックな気配は、かえって逆効果になったり副作用が出たりする場合もある。「なんで言ったのにわからないんだ」と言葉にして言いたくなるのもわかるが、犬は人の言葉の意味を決して理解するわけではなく、平常心を保ったリラックスした態度をとりながら、トータルなコミュニケーションをはかろう。声を発するなら、低くて強めの“毅然とした”トーンの方が犬によく伝わる。

目を閉じて恍惚の表情を見せるセナ

目を閉じて恍惚の表情を見せるセナ

=さて、今回のテーマは「嗅覚」。私が「におい」というものについて深く考えるようになったのは、最初の愛犬セナを飼ってからだった。私の「におい」に対するこだわりや嗅覚は極めて平均的で、犬の嗅覚は人より優れているという程度の知識は持っている普通の日本人である。だから「におい」や嗅覚について深く考えたり意識することもなかった。それがセナとの生活が始まると、さまざまなシーンで嗅覚に優れた犬の仕草が気になるようになり、「におい」に支配された行動の多さにも驚かされた。
=なかでも決定的なきっかけは、2歳ぐらいに成長したセナが散歩中に何度も見せる“恍惚”と“陶酔”の表情だった。本当のところは私の勝手な思いこみかもしれない。しかし私にはそう表現するしかない表情に見えるのだ。そのときから“におい”を、正確に言うと“嗅覚が極めて優れた(人の1000~1億倍といわれている)犬が見ている世界”というものは、いったいどういうものなのだろうか、ということを意識するようになったのである。

落ち葉のにおいを一心不乱に嗅ぐアンディ

落ち葉のにおいを一心不乱に嗅ぐアンディ

=人は視覚から情報の大部分を得ている。見えることがすべてといってもいいぐらい視覚に頼り、その情報で生きている世界を認識している。しかし犬はそうではない。人間にとっての視覚に近いぐらい嗅覚から情報を得ている―らしい―。だからそれによって認識する世界というのはいったいどういうものなのか、想像できるはずもないが、どんな景色が見えているのか(人は視覚優位動物なのでこう表現するしかない)、セナの表情を見ていて無性に知りたくなったのだ。
「そんなにいいものなのか?!」
=そう思った私は散歩中に何度か地面に這いつくばって、セナが恍惚の表情を見せてクンクンしていた場所を嗅いでしまったこともある。もちろん私は、いくら何でも糞尿などのにおいを嗅ぐことをしない。そうではないところを嗅いでいるから気になったのだ。大概ほとんどなにもにおわない。におっても草のにおいがするぐらいだった。それなのにあの恍惚の表情……今でも当然その答えはわからない。ただ、その行動をとったことによって、予期せぬ変化が起こった。それは、私とセナの距離が近くなったのだ。ほんのわずかだけ、お互いが理解し合ったと言ってもいい。セナは私のことを「嗅ぐという行動の大切さ」がわかっているやつと思い、私はセナの「嗅ぐという行動」をより尊重するようになった。犬から、特にオスから嗅ぐという行為を奪ったら、その犬は不幸だと思う。

朝の海の香りを全身に取り込むディロン

朝の海の香りを全身に取り込むディロン

=むやみににおいを嗅がせないというしつけもあるし、使役犬ならばそういうことも必要だ。しかし、基本的に犬からにおいを嗅ぐという行動を奪うことは、人から見るという行動を奪うことに等しいと思うので私にはできない。その上で家庭犬として人間社会で一緒に生きていくためのしつけやマナーを行なっていけばいいのではないだろうか。あの恍惚の表情から、私はそう思い至ったのである。


犬は人の言葉がわかると言われているが……

2014年1月2日

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=愛犬家には「うちの○○チャンは言葉がわかるのよ」と相好を崩す人が多い。そういう私もその一人だが、ただ私は、犬が人間の言葉を人間と同じくその意味を認識した上で理解しているとはまったく思っていない。
=例えば私の愛犬たちは、ボールで遊んでいる最中に途中で興味が移り、その行った場所の匂いを嗅ぐことに夢中になってボールを置き忘れることがよくあるが、そんなとき「ほら、ボール忘れているよ。ちゃんと持ってきて」と私や相棒の女性がいうと、匂いを嗅ぐことをやめてボールをくわえて戻ってくる。その光景を見ている人は「すごいですね。ちゃんと言葉がわかっているんですね」というような類いのことを何度も言われるが、その度に言葉がわかっているとは思っていない私は、それをムキになって否定するのも失礼なので「ええ、まあ」と曖昧な返事になってしまっている次第だ。

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=犬は人間のようにボールを球形のものの総称という言葉の意味を認識した上でそのとき発した言葉を理解しているというよりも、毎日オモチャとして遊んでいる球形の物体を、飼い主がいつも「ボール」と呼んでいて、その言葉の音はもちろんのこと、転がっていく動きや飼い主が投げる行動や、ゴムなどの材質、噛んだりすることによって付いた匂い、噛み心地や微妙な形状、色など、すべてが関連して刷り込まれ、それらトータルでそのボールを「ボール」と認識し、置いてきたそのボールを持ってきて、結果として人間の言葉を理解しているということになるわけだ。さらに、その種の行動を何度も繰り返しているから、あたかも完璧に理解しているように思える行動をしているのである。だからそれが気に入らないボールだったら、いくら持ってきてと言っても反応はしないし、またバレーボールのような大きなボールを鼻先で転がしてでも、うちの愛犬は持ってこない(ただ、このコマンドをうまく犬に刷り込めば可能になるが)。

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=ついつい人は犬が言葉をかなりわかっていると思ってしまうし、それでもいいのだが、ただ「人間イコール言葉」といってもよいぐらい、極めて高度に発達した人の言葉は人間のアイデンティティそのものであり、人は地球上で希有な動物である。だから何かにつれ人は言葉を発し、当然のように言葉によるコミュニケーションを行ってしまう。人がその立場を忘れてしまうと、犬に対する理解や犬とのコミュニケーションなどで様々な問題が生じてくるのは当然のことで、そこには必要以上に“上から目線”というフィルターもかかってきてしまう。

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=一方、犬は気配や気、エナジーなどで表現される無形のものを敏感に感じ取ることが中心にあり、その上でこちらの行動や動作(視覚)、声に代表される音(聴覚)、そして匂い(臭覚)といった感覚が加わって、総合的に極めて高いレベルの様々な理解や判断を行っていく。特にこの無形のものを感じ取る能力は、人間以上と思えることも多く、人間が犬に対してリスペクトするべきポイントのひとつだろう。また、人間が犬を観察している以上に、犬は人間をよく観察しているという、他の動物ではまずあり得ない特長が合わさって、人間と犬は言葉がわからないのに極めて深いコミュニケーションが可能なのである。「犬は最古で最良の人間の友」というのは絵空事ではなく事実なのだ。

キャプション
●Photo.1/11歳を超えたアンディ。おかげさまで未だ元気いっぱい。犬との成熟した深いコミュニケーションを日々実感

●Photo.2/犬は本当に人の行動をよく観察している。玄関から音もなく忍び寄り、いつの間にか横にちゃっかりオスワリ

●Photo.3/ディロンの今年の初ジャンプ。見事な跳躍。まさにフライングドッグだ

●Photo.4/湘南の夕焼けは元旦も美しかった。強風が吹き荒れ、人がいなかったので、人と犬の深い関係性が感じられるナイスショットが撮れた

衣装を着てクリスマスの記念撮影

衣装を着てクリスマスの記念撮影

お正月用のレイで着飾った元旦の朝の散歩

お正月用のレイで着飾った元旦の朝の散歩


犬は自分を映す鏡のひとつ

2013年11月12日

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=ある世界的なカリスマドッグトレーナーが出演しているアメリカの番組を、最近機会があるたびに見ている。愛犬の問題行動に悩んでいる人はアメリカにもたくさんいる。そして番組では、犬との健全な関係を築くコミュニケーションをはかっていく上で、飼い主の「信頼と忍耐、そして良いエナジー」の重要性を盛んに語っている。それがベースにある上で、しつけを始めとするさまざまなアクションを行うということだ。犬はそういうことを敏感、かつ瞬時に見極めているという。
=もちろん人が犬を選んでいるわけだが、逆に犬も人を選んでいる、評価されているということを意識せず、自分の利己的な心を、多くの場合、無自覚的にしろ犬に押し付けている飼い主もたくさんいるというわけだ。また、押し付けるということはたいていせっかちになりがちなことも事実だ。だから、番組を見ていると、犬をしつけていくことよりも、飼い主、つまり人間を教育していくという部分が多いぐらいなのである。
=日本でも意識の高い飼い主が増えてきたとはいえ、飼われる犬の数も増えているので、そういう状況は変わらないと思う。

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=この人は信頼に足る人間なのかという深い部分までを犬が判断しているとは言わないまでも、犬に対して恐怖心などのネガティブなエネルギーを発していたり、たとえ犬好きでも、その時の犬の状態を考慮せずに自分中心のエネルギーを発散していたり、せっかち系の自分のペースを押し付けていくと犬との信頼関係は築けないし、犬の問題行動も現出してくる。つまりその人の心の状態や性格の傾向が犬に投影されてしまうのだ。人も自然体でリラックスしながらも、毅然とした態度で忍耐強く接することが基本とその番組では教えていた。

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=“愛犬は飼い主に似てくる”とか、“犬は自分を映す鏡”というようなことを、私もこのブログで書いたが、その番組を見て、自分の思っていることはまんざら間違っていないなと再確認した次第である。
=以前に私は犬に好かれるみたいで、相棒の女性から“あなたは犬だから”と言われているとも書いたが、自分の状態をよくよく振り返ると、確かに私が犬に会うときは自然体に近いと思うし、たとえ知らない犬でもその犬の状態を見た上でだいたいリラックスできている。その犬に問題がありそうな場合でも、恐怖心というよりも平常心を保ちながら高い集中力を持って接してきたと思う。だから犬もこの人は信頼してもいいと思ってくれたから懐いてくれたのだろうし、問題犬でも私の言うことはよく聴いてくれた経験もあるから、私の犬との接し方は間違っていなかったと、改めて自信を持つこともできたのである。
「犬は犬好きの人がわかるよね」とよく言われるが、単純に好きな気持ちを持てば犬がわかるのではなく、心が自然体を保てるような好きという感情の持ちようが大切で、そうすれば信頼してもいい人だと犬が判断するというのがより正確だろう。
=それにしても、たかが犬、されど犬。これほど人の心の状態を見抜ける感性を持っている動物は、他には存在しないだろう。さらに言えば“犬ごころ”と“人ごころ”の構造は、かなり似通ったところがあり、だから犬もそういう感性を備えることができたのではないだろうか。
=最後に、蛇足ながら最近撮影した面白い写真があるので紹介させてもらいます。題して『虹に願いを』です。

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犬と相対するとき、平常心でリラックスするべきと気付かせてくれたのは、初代犬セナだった。穏やかで優しくナイーブな犬だったから、こちらがネガティブなときやマイナスの気持ちのとき、彼はすぐにこちらを気遣う表情やそぶりを見せた。

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私に「犬は自分を映す鏡の一つ」と明確にわからせてくれたのは2代目のアンディ。セナに比べてしつけに苦労したがゆえに、こちらの状態しだいで犬の反応が変わってくることなど多くのことを学んだ

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私たちが飼い主として成長してから来た3代目のディロンは、もともといい子で頭が良いこともあって、とても順調に育ち、アンディも含めとても良好な信頼関係が築けている

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この写真が、題して『虹に願いを』。虹に向かって立ち上がるディロンです。何か願いを伝えたのか? それとも……虹は台風26号の通過直後に表れた


ポチたま出演、そして犬のためのマリンスポーツのススメ

2013年6月30日

ボードの先端が大好きで、タイタニック気分のアンディ

ボードの先端が大好きで、タイタニック気分のアンディ


—私は撮影に立ち会えなかったのだが、この日は梅雨入りしたにもかかわらずよく晴れ、絶好のSUP日和。ライダーのT君と家の犬たちはライディングシーンが撮れ、松本君とまさはる君も乗ることに成功して、無事に撮影は終了した。どんな編集が成されているかはまだわからないが、きっといいコーナーに仕上がっていると思うので、ぜひご覧あれ。オンエアーはBSジャパンが7/10(水)夜8時、テレビ東京の方が8/16(金)昼12時半となっています(他の地域の地上波放送は番組HPや各放送局のHPを参照のこと)。
昨年の撮影風景。ダイスケ君はこのあと見事波に乗れました

昨年の撮影風景。ダイスケ君はこのあと見事波に乗れました


—ところで、今までの我が家3代のゴールデンレトリーバーは、すべてポチたまに出演している。初代セナはウインドサーフィン犬として、アンディとディロンはSUP犬として、夏・湘南・マリンスポーツという条件が揃っていたので出演の運びと相成ったわけだが、実は我が家の犬が出ないときでも毎年夏が近づいてくると、必ずやるであろう湘南企画について、制作会社から協力依頼が来るようになってしまっている。私もメディアは違うが制作畑にいたのでその辺の気持ちや意図はよく理解でき、相棒の女性が中心となって協力しているのだが、いくら湘南とはいえ、マリンスポーツを楽しむ犬というのはそう存在するものではなく、ウインドサーフィンにSUP、サーフィンとボード系マリンスポーツも一通りやってしまったから、さすがに新鮮味も薄れ、もう声がかかることはないだろう。ただ、ポチたまに協力してきて感じることがある。それは「もう少し犬と一緒に積極的にマリンスポーツを楽しむ人がいてもいいのでは」ということである。いくら日本有数のマリンスポーツエリアでも、そういう人はごく少数派なのである。
アンディとタンデムセイリング。方向転換のためセイルを反転中

アンディとタンデムセイリング。方向転換のためセイルを反転中


—もう少し正確に言うと(これが今回述べたいことなのだが)「犬のためにマリンスポーツを楽しむ」あるいは「自分のためではなく愛犬のためにマリンスポーツをやる」ということである。人の心をとらえて離さない魅力的な各種マリンスポーツであるが、あくまで人ではなく愛犬の楽しそうに喜ぶ姿を見ることが主な目的で、そしてこのような「人ごころ」で犬とつきあうことを、私は経験者としておススメしたいのだ。
—私の知人に愛犬のためにゼロからサーフィンを始めた人がいる。彼は齢もいい歳になっているが、一緒に乗るためにふさわしいボードを選び、休日は早朝から海に行き、愛犬とイチからサーフィンを練習している。今では取材もたくさん来るぐらい有名になっているが、このことによって彼と愛犬との距離感や信頼関係がタイナミックに変わったという。
愛犬のためにサーフィンを始めた知人。見事にテイクオフ

愛犬のためにサーフィンを始めた知人。見事にテイクオフ


—私も長年海上のボードの上や波の中で愛犬といろんな経験をしてきているが、いくらゴールデンは泳ぎが得意とはいえ、水上は陸上とは異なる非日常であり、時にはやや危険な事態にも遭遇するから、そこで育まれる愛犬とのあいだの信頼関係は格別に深くなる。ウインドサーフィン中に沖合で若かりしころのアンディがバランスを崩してボードから落ち、私はそのままスーッと20~30m進んでしまったときや、200mぐらい沖合で恐くなったのか浜に向かって飛び込んでしまったが、泳いでもなかなか浜に着かなくてパニック気味のときに、私が助けにきたときに見せた愛犬の安堵の表情は、今でも脳裏にはっきりと焼き付いているし、その後、私は彼から信頼されているという確かな実感がある。ただ別に一緒に危険な目に遭えと言っているのではない。海での楽しい経験をその何10倍、彼とともに経験していることを、念のためお伝えしておくが、そういう一連の経験のすべてがどんどん愛犬との関係を濃密にし、たんなるペットではなく、仲間や家族のレベルに高めていくということを忘れないでほしい。そのための手段のひとつとして、特に湘南のような地域では海で一緒に遊ぶということを積極的に活用してほしい。
沖合を海上散歩。すれ違う人は一様に驚いていく

沖合を海上散歩。すれ違う人は一様に驚いていく


—もちろん犬種や個体によって水が苦手な場合もあるが、ゴールデンみたいにDNAに水遊びが刷り込まれている犬種は絶対に行った方が、その犬種が本来持っている本能的特徴を伸ばすことにもつながるから、それが犬にとって幸せでないはずがなく、そして、人の方もマリンスポーツそのものも当然楽しめるわけであるから、いいこといいことづくめだと思うのだが、いかがでしょうか。 


最新フォトギャラリー/ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ

2013年5月13日

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—ご無沙汰してしまっています。4か月ぶりという久々のアップとなってしまいました。今回はその間撮影した写真を紹介したいと思います。とは言え今回もまた下の犬・ディロンのジャンプの写真です。彼の「ボール大好きっ子」はますます磨きがかかり、カラダが出来上がってきたこともあって、その俊敏で柔軟、かつダイナミック動きは、飼い主という立場を離れてみても撮影対象として第1級の犬になってきました。先住犬アンディも運動能力が高い犬ですが、続くディロンも同じく高い運動ポテンシャルを持ったことは、飼い主としてだけでなく撮影者としても狙い通りの成長に大満足です。私の専属(アスリート)モデル犬が1匹増えたことになりますから。
 それでは最近のディロンの、ジャンプを中心としたアクション写真を見ていただきたいと思います。

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—1番目の写真は宙で首をひねってでもボールを追いかけようとしている珍しいシーンです。このボールはとても不規則なバウンドをするのでこのようなシーンになりましたが、それにしてもジャンプは高く、浮遊中でもボールを追跡しているのがとても気に入っています。

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—2番目の写真は空中キャッチ直後です。このジャンプもとてもダイナミックで浮遊感も感じられるものです。後ろにサーファーも写っていて、湘南らしい写真になっています。

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—3番目の写真はまさに富士山に向かってジャーンプというシーンです。できればもう少し低いアングルから撮影できたらよかったと少し残念ですが、ディロンがキャッチした高さは彼の体長が120cmですからおそらく180cmぐらいになっているでしょう。あまり高さのあるジャンプは本当は身体にあまり良くないのですが……。

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—4番目の写真はジャンプではありませんが、まさにボールキャッチの瞬間です。キャッチするためにマキシマムに近いスピードで追いかけています。巻き上がる砂がそのスピードを感じさせます。

—こうして見てみると、犬のアクション写真は、通常のスポーツ写真の撮影と変わりません。ですから、もし自分で撮るならば、シャッタースピード等の調整はスポーツの写真撮影と同じようにしておくといいでしょう(スポーツモードがあるカメラならばそれに設定)。またどういう状態の時のアクションシーンを撮りたいかということも、前もってイメージしておくことをオススメします。そしてそれをどのアングルから、どのぐらいの距離ということで撮るのかということもイメージしてください。また、愛犬の動きや行動パターンを熟知して読み切っておくことも、撮影する上で大切なことです。

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—最後に、話は変わりますが少し紹介させていただきたいことがあります。それは犬やマリンスポーツの仲間たちと開発した「splashdogs(スプラッシュドッグス)」のワンコウエットスーツです。オシャレで高品質・高性能なものとなっています。詳しくは下記ホームページで。
—URL:http://splashdogs.wix.com/splashdogs


南健二さんの写真展が開催されます

2013年4月19日

けふはここ、あすはどこ、あさつては C・W・ニコル×山頭火の世界』の共著者で、C.W.ニコルさんの友人である写真家・南健二さんの写真展が松本市のトラットリア松本画廊にて開催されます。
http://gallerymatsumoto.jp/gallery.html

『けふはここ、あすはどこ、あさつては』掲載作品を中心とした写真展で、その場で写真をお買い求めいただくこともできるそうです。

期間は5月9日(木)から6月4日(火)まで。詳しくはC.W.ニコル・アファンの森財団公式サイトのおしらせをご確認ください。


1歳を過ぎたディロンの成長

2012年12月10日

=ディロンが我が家にやってきて、1年も過ぎたので、その成長ぐあいや先住犬アンディとの関係などを中心に今回は述べてみましょう。
=ディロンはまだ子犬らしさは抜けていませんが、身体は大きくなり、もうすでにアンディよりも大きくなってしまいました。朝、起きてディロンを見ると、「あれ?! なんか大きくなっていないか」と度々パートナーと言っていたほどで、身体の幅や厚みはそれほどなくスリムですが、体高や体長はゴールデンとして大きい部類に入るでしょう。1歳2か月時点で体重は27kgぐらいです。最初から足が大きかったので身体が大きくなることは予想していましたが、それがやはり現実となってきました。

=ディロンもアンディと同じで、パピー(子犬)のときからボールで遊ばせていることもあって、ボールが大好きな犬になりました。今ではボールの高さが1m以上でもジャンピングキャッチをするほどの、ゴールデンらしからぬ運動能力を見せるまでに成長してくれました。
=とはいっても決してここまで順調だったわけではありません。1歳になる前に2度もボール(直径9cm/ラテックスゴム製)を飲み込んでしまいましたし、関節が亜脱臼になったこともあります。ボールを飲み込むとすぐに開腹手術をする獣医さんや飼い主さんもいますが、かかりつけの獣医さんは飲み込んですぐならば、濃い塩水を強引に呑ませて吐かせるか、時間が経ってしまっているならば放っておきなさい、1週間もすれば自分で吐き出すからと言っていました。私たちもまだ幼いディロンに全身麻酔して開腹することに抵抗がありましたし、ボール自体も柔らかく無害で消化できないラテックスゴム製でしたから、不安なのですが放っておきました。すると、本当にちょうど1週間で胃液等で変色したボールを吐き出し、ことなきを得ました。先代、先々代のゴールデンではこのようなアクシデントがなかったので、異物飲み込み事件は私たちにとっても初体験となり、とても勉強になりました。
=亜脱臼の方は、成長して筋肉がついてくるにつれ、今はその心配がなくなりましたが、こちらは不思議な治療で治しました。それはカイロプラクティックです。ペットにもカイロがあるとは知らず、マッサージや指圧のようなものと思っていましたが、鉛筆のようなもので身体の各部に触れたり、指や手で押すというより触るだけで診断し、治してしまうというもの。ホンマかいなと思いましたが、実際にディロンの亜脱臼は治ってしまいましたので、信じてしまいました。そして前記のとおり、アンディと同じようなアスリーツ系ゴールデンとして育っています。

=このディロンに対するアンディの態度がこのところ変わってきました。子犬時はこの新参者に対して、アンディは無関心で邪魔者という態度をはっきりと示していました。時にはかなり激しくジャレ合っていましたが、いかんせん乳歯は尖っているのでアンディの方が流血したり、キャンと泣く場合があることもあって、アンディの方から距離を縮めることはありませんでした。それが乳歯が抜け、1歳を超えたあたりから、無関心ではなくなり、最近はアンディの方から誘って遊ぶことの方が多いぐらいです。アンディもディロンの成長を実感しているのでしょう。
=アンディは未去勢のオスなのに優しく、ジャレ合っても決して甘噛み以上に噛むことはありませんが、ディロンもそれを受け継いでいます。乳歯が抜けたからもうアンディは痛くありませんし、身体ができてきているのでジャレ合いでも気を遣わなくても済むことが分かったのでしょう。今はとても仲良しです。
=このように先輩犬から後輩犬へ受け継がれることはとてもたくさんあります。犬も大人を真似して覚えていくもので、先輩犬のしつけがいい加減だと、それは後輩犬にも反映してしまいます。ディロンの他の犬に対する態度も、成犬のアンディと同じに適度な距離を保ち、ルールも守っていますから、トラブルは起こっていません。最近のディロンを見ていると先々代からの優しさは無事に受け継がれているようです。

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ディロンもスリムだが立派になってきました(前)。後ろはアンディ。静岡・清水港にて記念撮影

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空飛ぶディロン。身体が出来てきて、ボールをするとゴールデンらしからぬアスリーツ系の動きを見せる

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ジャレ合う2匹。アンディの方から仕掛けて、おなかを見せることが多い

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