犬ごころ、人ごころ


愛犬は自分の内面までを映す鏡?

2011年4月28日

犬についての会話をしていると、会話相手が犬飼いの場合はもちろん、関係ない人のときでも私はよくこういうことを言う。それは「飼っている犬は、飼い主に似てくる」ということだ。このことは都市伝説的にも言われているようで、私も最初はその程度のマユツバもののことだと思っていたのだが、犬との生活が10年を軽く越え、多くの犬や飼い主たちと交流を重ねるにしたがって、個人的には深い確信を持つようになってしまった。

私は学者でも研究者でもないから、学術的な根拠に基づいて言っているのではないが、「○○くんはそのご家庭の旦那さんのマイペースなところが似ているし、最近は風貌さえもだんだん似てきた」、「△△ちゃんはスラッとした美人の飼い主に容姿がそっくりで、たぶんちょっと気が強いところも、甘え上手なところも似ているのではと感じている」、「□□ちゃんの鳴き声の甲高さは奥様のハイトーンボイスと同類だし、××ちゃんの女王さま的でちょっと意地悪な点は、うちの娘にそっくりだと、お父さんがひっそりと私に耳打ちしてくれた」などなど、「うんうん」とうなずいてしまう内容が多い。

さて、この話題の反応はというと、犬を飼っている人の場合はたいがい「そうそう」と飼い主に似てくるということに賛意を示してくれる。逆に犬のことをあまり知らなかったり、飼った経験がない人は「へえっ〜」と驚かれるケースが多い。



犬は成長しても子どものような性質を持ち続ける典型的なネオテニー(幼形成熟)を見せる存在だ。成長しても寝転がってお腹を見せたり、飼い主に対して甘える行動や服従の姿勢を見せる。場合によってはすねたり、駄々をこねたり、やってはいけないと分かっていても悪さをしてしまい、しまったという表情やごめんなさいという態度を見せたりする。この子どもっぽいかわいらしさや幼児のような性質が、人のこころをワシづかみにして放さないわけで、犬の最大の魅力だと言える。今回の大震災をきっかけに「犬は家族の一員」という認識があらためて広く注目を集めており、もちろんわたしはそれについて異論はないが、家族という曖昧な表現ではなく、もっと正確に「犬は永遠の幼子」と表現した方が本質を表している気がする。「幼子」であるから、たとえ人と犬といった種が異なるとはいえ、その育っていく環境、育てる飼い主の影響というのは絶大であるということは想像に難くないし、それはしつけやエサやり、散歩などの犬に対して直接的で具体的なことのみならず、「幼子」であるがゆえに、私たち人間が過ごす日々の生活を通してにじみ出ているその人の性格や性質、人間性などの無形なものの影響までも、素直に受けているのではないかとわたしは考えている。


犬をあなどってはいけない。犬はつねに群れのリーダーである飼い主の生態をよく見ているのだ(「気づきのチカラ」の回参照)。そして小ちゃい脳みそしか持ちあわせてはいないが、犬は犬なりのペースで、犬なりの知能でリーダーから必死にいろんなことを感じとり、学習し、理解したりしている。だから「飼っている犬が飼い主に似てくる」ということは起こるべくして起こる現象であり、健全な関係なのだ。子供は親の背中を見て育つといわれているが、それは犬(幼子)と飼い主(リーダー・大人)の関係にも当てはまるわけである。

ということはその犬を見れば、その人やその家庭の雰囲気などがある程度はうかがい知れるという可能性も秘めているということになる。考えてみればそれはかなり恥ずかしいことで、飼い主はそういう可能性があるということを認識しておいた方がいいだろうし、犬は自分たちのプライベートまでも映す鏡と思うぐらいに、自分の愛犬に責任を持つ必要があるのだ。

たとえば、自分に似て愛犬が太ってきたという場合、多くの要因が存在するが、どこかに自分の食習慣やライフスタイルが反映しているという点が存在することも確かだ。また、優しく穏やかな性格の犬の場合、これも多くの要因が存在するが、その家庭や人たちが穏やかならば、そのことが少しは犬の性格に反映するだろう。

もちろんすべてがコピーのように飼い主に似てくることはありえず、どこかごく一部がなんとなく似ている気がするというレベルを脱しないが、自分の愛犬がいろんな人から愛されたりほめられると、まさに手塩にかけた自分たちの子どもをほめてもらっていることであり、それはそのまま自分たちがやってきたことは間違っていなかったのだという自信にもつながっていくわけである。

犬を飼うならこういう意識や認識を持った方がきわめて深くて質の高い愛犬とのドッグライフを過ごせるし、自分自身も人として意外な成長ができたりするとわたしは実感している次第である。

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ツツジの前のセナ:犬はどことなく飼い主に似てくる。このセナのやさしい性格は絶対にわたし似だ、と思いたい

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チューリップ前のアンディ:アンディの次男らしさもかなりわたしに似ている

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サクラの前の2匹:湘南平にて


著者紹介

池野谷 健二(いけのや けんじ)
Editor, Photographer, Writer, DTP Director
湘南・鵠沼在住
ken [at] dogphoto.jp ([at] を @ に変えてください)

出版社勤務を経てから平成2(1990)年に独立。様々な編集・制作業務に携わり、20年以上にわたる雑誌編集長のキャリアも持つ。現在はフリーとして活動中。

1997年、ゴールデンレトリーバーのセナ(♂)を飼い始めたことがキッカケで犬の撮影を始め、2002年に2匹目のアンディ(♂)も家族の一員に。それからは愛犬が生活の中心にいるという生活となる。2010年4月、初代のセナが亡くなり、2011年3匹目のディロン(♂)が家族に加わり、現在は2匹のゴールデンとともに暮らしている。

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