清水弘文堂書房マーク 清水弘文堂書房 SHIMIZU KOBUNDO


ごみがいざなう可能性

2011年10月8日

2010年9月13日 大阪 国立民族学博物館特別展示場にて

ごみのなかを歩くと感じる、人間の営みと息吹。街のあちらこちらで蒸留酒のサチェットを踏んでは思い浮かべる、昼夜酒を飲む人たちの姿。足元に散らばる同じせっけんのパッケージを何度も見ては思う、人びとの趣向と流行。投げ捨てられたマンゴーの種やトウモロコシのしんにつまずいて伝わってくる、季節の味わい。「ごみはくずかごへ」といったような、「近代型環境保全国家」ではなかなかできない発見や発想のプロセスが、9jaにはある。

この国に住むアーティストのエル・アナツイが作品の材料を見つけたのは、ごみのなかだった。道の脇に捨てられたいくつもの空き瓶のアルミ製のふたを見て、「なにか」をつくろうと思った。アナツイは金属の廃品をひとつひとつつなげてみた。そして、「なにか」は壮麗な彫刻作品へと変わった。

日常のごみから見つけたものは、発想や想像をへて、創造となりうる。ごみがいつでもどこでも目に入り、日常にあふれているということは、芸術に限らず、「なにか」の可能性につながるのかもしれない。ごみは本当にごみなのだろうか? 9jaで生まれる発想は、人類の未来を開くものかもしれない。

Photo
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」展(2010年9月~2011年8月、日本国内4つの博物館・美術館を巡回)の設営時に、作品「排水管」の形と配置を、筒状の棒を使ってかんがえるエル・アナツイ。銅線でつなげられた空き缶(ナイジェリアで一般的なミルク缶)のふたで平面をつくり、それを丸めたり、曲げたり、ひねったりしながら、数本の太い管をつくっていく。アナツイは、こうした廃品でつくる作品によって、ナイジェリアのごみ問題や環境問題に直接問いかけているわけではないのだが、過去に人によって使われたものをいま人の手でひとつひとつつなぎあわせて作品をつくることで、人と人との、先祖との、土地とのつながりを大切にするというメッセージをこめている。
2010年9月13日 大阪 国立民族学博物館特別展示場にて

(毎週土曜日更新)