野球+越境する漂流者たち


第12回 気まぐれな同居人

2010年7月25日

各家に向かって延びる電線。ドミニカ共和国バニ市にて。
写真: 各家に向かって延びる電線。ドミニカ共和国バニ市にて。

すっといなくなる同居人

「セ・フエ・ラ・ルー(電気がいっちゃった)!!」この声を聞くと、私は使っていたパソコンの電源を落として、パティオ(裏庭)に出る。一日に3回はやってくる停電の瞬間。ドミニカにも停電を表すスペイン語の単語はあるのに、電気に人格を持たせて「いっちゃった」と表現する言い方を私は気に入っている。

夜遅くには帰ってきて、明け方に出ていくことが多いから同居人のようなものだ。しかし、この同居人は気まぐれだ。昼の3時ごろにやってきて、夕方6時を回ったころにはふたたび出かけていく。そうかと思うと、別の日には昼前に1時間ほど顔を見せて、すっといなくなる。ドミニカ人男性の生活スタイルに似ているから、いっそのこと電気というスペイン語を女性名詞から男性名詞に変えればいいのにと思ってしまうほどだ[1]

停電と盗電

停電が起こるのはこの国の慢性的な電力不足が原因である。これは決して貧しいバリオに限った話ではなく、ドミニカ全体が抱える深刻な悩みとなっている。ホテルや商業ビルの建設、さらには地下鉄の開通などにより電力消費量は大幅に増加しているのに発電量が追いつかず、停電の頻度は年を追うごとにたかまる一方だ。首都の高級住宅街では停電に備え、電気会社にお金を払いながらも自家発電で電気を確保しなければならない。24時間365日、電気のある生活を送るにはかなりの出費を覚悟しなければならないのだ。

電気代を払っていないバリオにも深夜になると電気はやってくる。いわゆる政治的配慮のおかげだ。それにしてもわからないのは、隣のバリオも同じく電気代を払っていないはずなのに、一日中灯りが絶えないこと。答えは意外なところにあった。そのバリオにあるコーヒー工場で働く男性と話す機会があって、「電気がないと作業ができないから、電力会社も電気を止めない。そこに目をつけたバリオの誰かが、この工場へ繋がる送電線から電気を盗むことを思いついたんだ」と得意げに教えてくれた。

こちらのバリオも事情は同じだ。新しい家が建てられるごとに既設の電線から新しい線を引っ張りこむので、今では蛸足ならぬムカデ足のような電線が各家に向かって延びている。強風にあおられ、マンゴーの枝が電線に引っかかると、火花が散り、あたり一面に焦げ臭いにおいが充満する。そんなときは、バリオにひとりしかいない電気修理屋のナンが呼ばれる。絶縁手袋もはめずに、くわえ煙草で手際よく復旧工事を終えると、手間賃に100ペソ紙幣を数枚もらって帰っていく。電気を引くのも彼なら、修繕するのも彼の仕事。若いときは札付きの悪党だったナンも、今やバリオのみんなに頼られる存在になっている。

家電製品を使う

いつ停電になるか予測がつかないから洗濯のタイミングが難しい。洗濯機を使いはじめるのは電気が到着した直後と決めているが、一日に2回は水浴びをして服を着替えるきれい好きなドミニカ人のこと、洗濯物の量が半端ではないから大変だ。そこに洗濯機を持っていない近所の人がこれまた大量の洗濯物を抱えてやってくるので、その日の午後は洗濯機が悲鳴をあげながらフル稼働する。全部洗い終えるのに4時間はかかる計算で、私などは「後もうちょっとやからいかんといて」と祈らずにはいられない。それでも気まぐれな同居人はそんな私を尻目にまたふらっと出ていくのである。

冷蔵庫にしても事情は同じだから、ナマモノは保存できない。首都の大型スーパーでは、食料品をカートに山積みにした買物客をよく見かけるが、このバリオがある地方都市には生鮮食品を扱うスーパーがない。いや、正確には必要がない。その日に食べるものは、その日に食べる量だけを毎朝市場まで買いに出かける。市場には屠殺(とさつ)したての家畜の肉や近隣の畑から運ばれてきた野菜が所狭しと並べてあり、おかげで新鮮な食材を口にすることができるのだ。でもそれは停電が理由だと知ってしまうと素直には喜べないのだが……。

それでは冷蔵庫にはなにが入っているのだろう。水が入ったステンレス製のコップが数個、日持ちのするサラミ、ドミニカの家庭料理に欠かせない自家製調味料くらい。「それでもないよりはマシでしょ」とはこの家の母親の弁である。こうなると食料の保存という本来の目的はどこかに消えて、隣近所に対する見栄のために置かれているといったほうが正しいように思う。

帰ってきた同居人

夜遅くにようやくやつが帰ってきた。家の外に椅子を持ち出して涼んでいた大人たちや、道端で遊んでいた子どもたちのあいだから「ジェゴ・ラ・ルー(電気が着いた)!!」と歓声があがった。暗闇の世界から一転、まばゆいばかりの光の世界が立ち現れる。洗濯機がゆっくりとまわりはじめる音がする。一呼吸おいて、冷蔵庫のうなり声があとに続く。そこにテレビとラジオの音が重なり、家電の四重奏がはじまった。夜ごとくりひろげられるスペクタクルに倦(う)むことがないのは、伝統から近代へのタイムスリップが、人びとに刹那的な快楽をもたらすから。その刹那のなかで私は幻を見たのだろうか。アメリカに行ったきりでしばらく顔を見せなかったこの家の息子が台所で笑っている。そんな幻想を抱かせるくらいに、その瞬間はほんとうに突然やってきた。

  1. [1]スペイン語の名詞には、男性と女性の性別がある。

(隔週日曜更新)



著者紹介

窪田 暁 (くぼた・さとる)

窪田 暁 (くぼた・さとる)

1976年奈良県生まれ。総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)、奈良県立大学専任講師。専門はスポーツ人類学、国際移民研究。ドミニカ共和国をはじめとする世界各地で、国境を越えて展開するスポーツと人びとの関わりを研究している。

おもな著書に、「グローバリゼーションとスポーツ移民-ドミニカ共和国の「野球移民」」(早稲田大学スポーツナレッジ研究会編『グローバル・スポーツの展望と課題』、創文企画、2014年)、「「野球移民」の誕生-ドミニカ共和国における移民像の送出過程」(『総研大文化科学研究』第10号、2014年)、『世界地名大辞典第9巻<中南アメリカ>』(共著、朝倉書店、2014年)、『世界民族百科事典』(共著、丸善出版、2014年)などがある。

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