清水弘文堂書房のその日、その月

極北彷徨④ 生命、それはきれいな水に宿る

2009年12月15日

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アザラシ猟をするボート。2005年8月撮影

「きれいな水に生命は宿る。私たちはそのことに感謝しなければならない」
河口に北極イワナを捕まえるための定置網を仕かけおえ、川の水を手に取り飲んだ後、30代のイヌイットの男性は上記の言葉をつぶやいた。

カナダ・ヌナブト準州のほとんどのコミュニティは湾沿いにあり、海にかこまれるようにある。夏の極北の海は穏やか。日本海のような荒々しい顔はなく、波ひとつない海面は鏡のよう。鏡のなかで気持ちよさそうに泳いでいる茶色い藻。ときおりこちらを伺うように顔をだすアザラシ。イッカククジラの長い牙が水面に波紋をつくり、ベルーガは優雅に水中で踊る。極寒の地ながら、極北の海の生態系は豊かだ。

だが、近年、海洋汚染を示すような事例がいくつか挙がっている。たとえば、イヌイットの女性の母乳からカナダ南部の女性のそれと比較し、濃度が何倍もある水銀が検出された例がある。狩猟採集のみの生活形態ではなくなったものの、海洋生物を補食しながらの生活は今なお続いている。汚染物質が大気に流れ、それが雨となって、極北地帯に舞い降りる。そして、食物連鎖で人間の体にいきつく。元々は人間による汚染が人間にいきつくのだから、皮肉な話だ。

誰もが口にするものに、微量の水銀は含まれているが、ベルーガなどの脂肪部分に水銀は大量に保有されるようだ。ヘルスセンターに常時置いてあるパンフレットなどには、食物連鎖の流れ、彼らの伝統食であるマクタック(ベルーガの皮部分)を食す際の注意事項などが記載されている。もちろん、彼ら自身の生活でも、海洋汚染につながる問題は多々ある。ゴミ・汚水処理の問題、猟で使用されるボート、4輪バギーなどの油……。

「きれいな水に生命は宿る」
この言葉は彼らの生活に限ったことではない。きれいな水がなければ、おいしい米は食べられないし、豊かな森は育まず、そこから生まれる生命を享受することはできない。きれいな水に多様な生命が宿り、その生命を糧として私たちは日々生活している。「蛇口ひねれば水がでる」生活のなかで、この言葉をふっと思い出すときがある。

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