いつか、どこかへ ドォッカーデー


サルの「うんこ」

2011年5月31日


写真:「ミャウチカー」は、独特のにおいを消すためにさまざまな香草、調味料と一緒に炒める。

珍味

「食べること」は、私たちの生活の基礎をなすが、何をどのように食べるのかは、おなじ集団同士であっても、自明ではない。例えば、関西と関東で味つけが違う、そんなふうに食べないだろうというものを他県の人が食べるなど、普段は意識しないのだが、ふとしたときに、ああそうか、と気がつかされることがある。同じことは、タイの難民キャンプでもおこる。

同じ民族同士でも、異なる食習慣をもつ人に出会うのが難民キャンプである。例えば、ビルマ東部のカヤー州出身のカヤーという人びとは、サルを食べる。その料理は、ビルマ語で「ミャウ(サル)チ(大便)カー(苦い)」と呼ばれる。その名がほのめかしているように、「チ」のものと思われる独特のにおいがする。風味に加えて、そのサルの希少性も、この料理を珍味たらしめている。犬と同じように、食べたら身体が火照り、たくさんは食べられないらしい。

この料理は、その名のとおりただ苦く、香辛料の味がする。味よりも、「チ」のにおいが強烈である。もしかすると、これは味覚ではなく、嗅覚で楽しむ料理かもしれない。たいてい夕食に出てくるのだが、大変なのは、食べ残しのにおいがさらに充満する翌朝である。

もちろん、「チ」をそのまま食べるわけではない。サルの内臓をそのまま調理するので、においが残るのである。食用になるサルは、地面には降りず、木の上だけで暮らすという。彼らによれば、このサルは地面に落ちているものを拾って食べない、つまり色々なものを拾い食いしないから清潔なので、内臓も食べられるそうだ。あまり手に入らないため、肉は1キロあたり120バーツ(約360円)と、豚肉や牛肉に比べて数倍の値段で売買される。

好物だけれども……

しかし、「ミャウチカー」を食べるのは、カヤー州西部出身の人びとだ。東部の出身者は口にしないばかりか、サルを食べる習慣などないので、あんなにくさいものをなぜ食べるのかと酷評する始末である。ただ、「くさい」と言われるくらいで、食べるのをやめるわけではない。それは納豆をくさいと感じるかどうか、あるいはパクチーなどの香草が口に合うか合わないかと同じレベルの問題だからである。

私が普段からお世話になっていた人は、料理が得意で、大の「ミャウチカー」好きだった。しかし、そんな彼女も、次第に食べるかどうかを躊躇するようになってきた。というのも、HIVウイルスがサルから広がったことや、ウイルス性感染症の危険性があることを、何かしらの機会に学んできたからである。彼女は言う。「健康によくないというと躊躇してしまう。でも勧められたら、なかなか断れない。これから先も食べ続けるかどうか迷っている」と。

かれこれ彼女とは2年ほど会っていない。今度会ったら、心境はどう変わったか聞いてみるつもりである。



著者紹介

久保忠行

久保忠行 (くぼ・ただゆき)

1980年、兵庫県に生まれる。2003年、大阪府立大学総合科学部人間科学科を卒業。同年から神戸大学大学院総合人間科学研究科へ進学。2006年に修士課程を修了し、2011年に同大学院の博士課程を修了(博士・学術)。同年4月から日本学術振興会特別研究員として京都大学東南アジア研究所に在籍。現在、タイ・ビルマ国境地域と日本の難民に関する人類学的な研究に取り組んでいる。

おもな業績に、「ビルマの『国民和解』に関する予備的考察―カレンニー社会から」、(『神戸文化人類学研究』、第2号、2008年)、「タイの難民政策――ビルマ(ミャンマー)難民への対応から」(『タイ研究』、第9号、2009年)、「難民の人類学的研究にむけて――難民キャンプの事例を用いて」(『文化人類学』第75号第1巻、2010年)、「難民キャンプにおける伝統の復興―難民キャンプと故郷の連続性」(『南方文化』第37輯、2011年)、『ミャンマー概説』(共著・めこん・近刊)などがある。

(株)清水弘文堂書房

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