いつか、どこかへ ドォッカーデー


信仰の世界

2011年1月30日


写真:2008年、サイクロン「ナルギス」がビルマを襲った1か月後に開催された集会のようす

精霊への畏怖

カヤーの人びとには、山・森・木・水・大地などに宿る精霊と、自然への畏怖にもとづく信仰がある。ビルマの「ナッ」と呼ばれる精霊への信仰に似て、カヤーの人びとは森羅万象に精霊たちが宿ると信じている。これらの精霊は、定期的に供物を捧げなければならないものと、病気や災害といった不測の事態に対応するために捧げるものに大別される。これを怠ると、病気になったり、農作物が不作になったりとさまざまな災いが生じるとされる。

精霊への畏怖は、カヤーの神話に基づいている。その神話によれば、すべての人間(カヤー)は、「イリュプ」と「ケプ」という2つのグループにわかれていた。「プ」とは人びとないしは集団を意味し、「イリュプ」と「ケプ」は、それぞれ「イリュの人びと」、「ケの人びと」という意味である。

これら2つの集団の誕生は、ピトゥルモという神が、人間と世界を創造した神話に由来する。それによれば、人間は創造神から世界を与えられたが、次第に自己中心的で欲深くなってしまった。そこで創造神は、人間を戒め悪い者を罰するために山・川・木・森といった自然界に宿る悪い精霊を人間の世界へ送った。この結果、人間たちは創造神と自然界の精霊を慰撫する必要に迫られた。そこで、創造神を敬う人びととしての「イリュプ」と、自然界に宿る精霊を慰撫する人びととしての「ケプ」という集団が誕生したという。しかし、キリスト教や仏教の伝来によってアニミストが減少するにともない「イリュプ」と「ケプ」の区分も、廃れてしまい厳密ではなくなったとされる。

サイクロン「ナルギス」のあと

それでも、森羅万象の精霊への畏怖は、今なお人びとの信仰の根幹にある。例えば、2008年5月、ビルマを巨大サイクロン「ナルギス」が襲い、13万人を超える死者・行方不明者と260万人の被災者をだす未曾有の大災害をもたらした。その被害状況は、難民キャンプにも短波ラジオ放送や、新聞などを通して伝えられた。このサイクロンがビルマを襲ってから1か月後の6月3日、創造神であるピトゥルモを祀る「ケトボ柱」に向かって祈りの集会が開かれた[1]。この集会には、100人以上の難民たちが集まり、イリュビャセと呼ばれる司祭が、次のように祈った。

「私たちは供物を捧げていますので、どうか嵐が来ませんように。『ナルギス』のような嵐が、私たちのところへはやってきませんように。私たちを助けて下さい。私たちは、他人の国で暮らしていて、まるで樹上に葉で巣をつくっている蟻のようです。『ナルギス』のような嵐がやってきませんように。嵐が来ないように私たちを助けて下さい。どの国でも、どの宗教でも、どの民族でも、すべての難民・苦難を味わう人を助けて下さい」

この祈りの時点では、「ナルギス」はまだ終わっておらず、ビルマから目と鼻の先にあるタイにも来るのではないか、どうか来ませんように、という不安から集会が開催された。このように供物を捧げることで、森羅万象に宿る精霊を鎮めることが、自然の脅威への対処となる。

鶏骨占い

超自然的な力へのもうひとつの対処法が、鶏骨占いにより「神の指示」を仰ぐことである。カヤーの人びとは、鶏骨に「神のお告げ」があると考えている。それには、次のような説話があるからだ。

「昔、神は文字をもたなかった人びとに、知恵と文字を記した皮の本を授けた。人びとは常に大切にその本を持ち運んでいた。しかしあるとき、犬が本を食べてしまった。本がなくなったことに気がついた人間が犬に尋ねると、食べた本は便になり、その便は豚が食べてしまったという。そこで人間が豚に尋ねると、それは便になり、鶏が便を食べてしまったという。そこで人間が鶏に尋ねると、神の言葉は、右足の太ももの骨にあるので、困ったことがあれば、骨を取り出して占うようにと告げた。それ以来、人びとは神からの指示を仰ぐために、鶏の足の骨を一本取り出すことにした」[2]

鶏骨占いには、白色の鶏ではなく、「チャホコ」と呼ばれる赤茶色の鶏を用いる。便を食べたのは赤茶色の鶏だからである。占いをするには、まず鶏の首を絞めて息の根を止める。次に右足の大腿部まわりの羽をむしり、そこに山刃をつかって骨を取り出す。骨のまわりの肉をそぎ落としてから、用意しておいた竹の楊枝を骨に空いている穴に突き刺す。穴の数は鶏によって異なるが、およそ1~4本が突き刺さる。穴の数もまた占いの対象になる。穴に突き刺した楊枝を眺め、その角度によって「神のお告げ」を知ることができるとされる。「神のお告げ」の見極めには、経験則が必要とされ、概ね50歳代以上のものが占う。鶏骨占いにより、病気になったさいの治癒方法、結婚してもよいかの確認、伝統行事の日程の決定や、遠出するのに適しているかどうかを占う。

ある統計によれば、難民キャンプでのアニミストの割合は35%、キリスト教が47%、仏教は18%だといわれる。別の統計ではアニミストは50%ともされる。だが、統計のように当事者の信仰をクリアに分類できるわけではない。それは、当事者が表明する信仰は、「仏教徒でありアニミスト」だったり、クリスチャンと自称するが教会には行かず、伝統行事にも参加することもあり、「ただひとつ」とは限らないからである。同じ世帯でも親と子で信仰する宗教が異なることもあるからだ。

(続く)

  1. [1]正確には、これはケトボ柱のミニチュア版で、実際のものは10メートル近くになる。
  2. [2]文字や知識が記された本を失うという神話伝説は、華南から東南アジアにかけて広く見られる。


著者紹介

久保忠行

久保忠行 (くぼ・ただゆき)

1980年、兵庫県に生まれる。2003年、大阪府立大学総合科学部人間科学科を卒業。同年から神戸大学大学院総合人間科学研究科へ進学。2006年に修士課程を修了し、2011年に同大学院の博士課程を修了(博士・学術)。同年4月から日本学術振興会特別研究員として京都大学東南アジア研究所に在籍。現在、タイ・ビルマ国境地域と日本の難民に関する人類学的な研究に取り組んでいる。

おもな業績に、「ビルマの『国民和解』に関する予備的考察―カレンニー社会から」、(『神戸文化人類学研究』、第2号、2008年)、「タイの難民政策――ビルマ(ミャンマー)難民への対応から」(『タイ研究』、第9号、2009年)、「難民の人類学的研究にむけて――難民キャンプの事例を用いて」(『文化人類学』第75号第1巻、2010年)、「難民キャンプにおける伝統の復興―難民キャンプと故郷の連続性」(『南方文化』第37輯、2011年)、『ミャンマー概説』(共著・めこん・近刊)などがある。

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