いつか、どこかへ ドォッカーデー


日本との関わり(1)

2010年12月21日


写真: タイ北西部のメーホンソーン県の中心地から南へ約60キロ下ったクンユアムという街には、インパール作戦から撤退した日本軍の遺物を収集した博物館がある。この博物館では、タイ人のある警察署長が個人的に収集した遺物が展示されている。タイのカンチャナブリという街には日本軍の残虐行為を記録した博物館(JEATH戦争博物館)がある。対照的にこの博物館は、日本兵と現地の人びとの友好関係を強調するつくりになっている。

日本軍の記憶

タイ国境で難民として暮らすカレン系の人びとと、日本人のあいだには、古くからの関わりがあった。それは第二次世界大戦までさかのぼる。

調査をしていると、第二次世界大戦中の話を聞くことがある。ビルマは、1942年から1945年まで日本の占領下にあった。それまでビルマはイギリス領で、カレンやカレンニーの人びとは、イギリス側について日本軍と戦った。

興味深いのは、当時そこに居合わせた世代に限らず、その次の世代、さらにまた次世代も戦争の話を伝え聞いていることだ。負の遺産というものは、加害者側は記憶の彼方にやることができても、被害者側には語り継がれ、いつまでも頭にこびりつくのだろうか。そして、こんな風に難民としての経験も語り継がれるのだろうか、とふと思う。

戦争の話には、「村にきた日本人を2~3人殺すと、一度は撤退した日本兵が大軍をつれてやってきて、村が焼き撃たれた」というものから、「逃走中の日本兵を畑のなかでかくまっていたが、タバコの煙のにおいがイギリスのものとは違っていたので、居場所がばれて殺されてしまった」というような話もある。

「ケンペイタイ(憲兵隊)」という言葉は、今もそのまま残っている。また当時は、「ジャパンティッ(日本の木)」と呼ばれる日本軍が持ってきた木があり、火傷によいとされていたそうだ。

こんな風にいろいろな思い出話があるように、非ビルマ族とのさまざまな関わりが当時はあったに違いない。しかし、いわゆるビルマ戦線の体験記や記録では、多数派のビルマ族以外のことにはあまり触れられていないのが現状である。

軍票!?

さて、日本時代の話をするさいに、もっとも話題にのぼるのが「お金」にまつわる話である。ほかのアジア地域と同じように、軍票が大量に残っていて、なかにはそれをわざわざタイ側まで持ってきている人もいる。

今では半分笑いながら、「日本の占領軍は、お金がないといえば、お金を欲しいだけ大量に刷ったんだよ」と、手をぐるぐる回してお金を刷る動作をしながら言う。

私に軍票を換金してほしいという人はいるが、それは冗談で、今では「10ルピー」はただの紙切れにすぎないことをみんなよく知っている。

そんな軍票のことなどすっかり忘れていた先日、現地の知人からこんなメールを受け取った。

日本軍が第二次大戦中につくった円の写真を添付するから見て欲しい。私の友人は、この紙幣を父から受け取ったそうだ。日本軍の司令官が、食糧を提供した友人の父に、あとから渡したらしい。友人は、この紙幣が日本の博物館に保管されているかどうか確認してほしいと言っている。誰か詳しい人に尋ねてみてほしい

またか、と思いつつも、例の軍票のはずはない。怪しい空気を感じつつ添付された写真をみて、わたしはふんぞり返ってしまった。

その「紙幣」は、手垢で汚れ折り目がついている部分はちぎれそうになっている。右端には、聖徳太子が描かれているので旧一万円札にみえる。だが、数字は100,000,000で、まんなかには「壱億円」と書かれてある。そして、「壱億円」の上には、「○○サウナVIP券」の文字が……。

そう、それはあるサウナの割引券だったのだ。誰かが持ってきた割引券が、巡りに巡って軍票と解釈されてしまったのであろう。

悩んだあげく、正直に伝えた方がよいと思い、これは割引券だと返事をした。日本人が、今も昔も「偽札」で心を惑わしてしまうことに、複雑な思いがしたのであった。



著者紹介

久保忠行

久保忠行 (くぼ・ただゆき)

1980年、兵庫県に生まれる。2003年、大阪府立大学総合科学部人間科学科を卒業。同年から神戸大学大学院総合人間科学研究科へ進学。2006年に修士課程を修了し、2011年に同大学院の博士課程を修了(博士・学術)。同年4月から日本学術振興会特別研究員として京都大学東南アジア研究所に在籍。現在、タイ・ビルマ国境地域と日本の難民に関する人類学的な研究に取り組んでいる。

おもな業績に、「ビルマの『国民和解』に関する予備的考察―カレンニー社会から」、(『神戸文化人類学研究』、第2号、2008年)、「タイの難民政策――ビルマ(ミャンマー)難民への対応から」(『タイ研究』、第9号、2009年)、「難民の人類学的研究にむけて――難民キャンプの事例を用いて」(『文化人類学』第75号第1巻、2010年)、「難民キャンプにおける伝統の復興―難民キャンプと故郷の連続性」(『南方文化』第37輯、2011年)、『ミャンマー概説』(共著・めこん・近刊)などがある。

(株)清水弘文堂書房

TEL 03-3770-1922 FAX 03-6680-8464

link toお問い合わせ送信ページ

RSS Feed RSS