2010年2月26日

ランキン・インレットの飛行場。2010年2月撮影
3年と半年ぶりの現地訪問である。厳冬期となるとおそらく9年ぶりである。デルタ航空便でアメリカ合衆国ミネアポリスを経由して、カナダ国マニトバ州ウィニペグへ。ウィニペグで1泊し、ファースト・エアー便でヌナブト準州ランキン・インレット着。
2時間30分のフライト。定員24名のなか乗客は3人。それに対し、フライト・アテンダントは2人。パイロットもあわせたら、従業員のほうが多いじゃん、と思わずつっこみたくなる。あいもかわらずの極北の航空便は不採算路線である。政府の援助なしではやっていけないはずだ。飛行機内に響くエンジンの轟音と窓から見える真っ白な平原風景。平原という言葉は正しくないか。ただただ平坦な雪氷景色。
飛行機が空港に着くと、イヌイットの空港職員が2人飛行機に寄ってくる。独特の微笑を浮かべ、猫背である。猫背というのはモンゴロイド人種の特徴なのであろうか。猫背の人間は世界中どこでもいるだろうが、アジア人種に多いと感じるのは気のせいだろうか。閑話休題。2人とも飛行機の停止位置にポールを置くと、仕事そっちのけでふざけあっている。なんだかイヌイットらしい光景だ。
空港内にはいると、早速イヌクティトゥト語でこんな会話がかわされる。
「カヌイッピ(生きているか、元気か)?」
「カヌイギトゥガ(生きているぞ、元気だよ)」
「キナウビ(名前はなんだね)?」
「ウバガ、ヒヅキ(私はヒヅキだ)」
「ナムアッピ(どこから来たんだね)?」
「ジャパン、ミュウタ(日本からだ)」
「イマ―(ありゃまー)」
とこんな感じである。
外気温はマイナス20度ぐらいだろうか。乾燥しているので、日本のねちっこい寒さとはひと味違う。今回の滞在期間は1週間ほどと短いが、それでも、体中が覚醒する感がある。タバコの煙と白い吐息。凍てつく鼻毛。なんだかすべてが心地よい。これからの滞在が楽しみだ。
2009年12月15日

アザラシ猟をするボート。2005年8月撮影
「きれいな水に生命は宿る。私たちはそのことに感謝しなければならない」
河口に北極イワナを捕まえるための定置網を仕かけおえ、川の水を手に取り飲んだ後、30代のイヌイットの男性は上記の言葉をつぶやいた。
カナダ・ヌナブト準州のほとんどのコミュニティは湾沿いにあり、海にかこまれるようにある。夏の極北の海は穏やか。日本海のような荒々しい顔はなく、波ひとつない海面は鏡のよう。鏡のなかで気持ちよさそうに泳いでいる茶色い藻。ときおりこちらを伺うように顔をだすアザラシ。イッカククジラの長い牙が水面に波紋をつくり、ベルーガは優雅に水中で踊る。極寒の地ながら、極北の海の生態系は豊かだ。
だが、近年、海洋汚染を示すような事例がいくつか挙がっている。たとえば、イヌイットの女性の母乳からカナダ南部の女性のそれと比較し、濃度が何倍もある水銀が検出された例がある。狩猟採集のみの生活形態ではなくなったものの、海洋生物を補食しながらの生活は今なお続いている。汚染物質が大気に流れ、それが雨となって、極北地帯に舞い降りる。そして、食物連鎖で人間の体にいきつく。元々は人間による汚染が人間にいきつくのだから、皮肉な話だ。
誰もが口にするものに、微量の水銀は含まれているが、ベルーガなどの脂肪部分に水銀は大量に保有されるようだ。ヘルスセンターに常時置いてあるパンフレットなどには、食物連鎖の流れ、彼らの伝統食であるマクタック(ベルーガの皮部分)を食す際の注意事項などが記載されている。もちろん、彼ら自身の生活でも、海洋汚染につながる問題は多々ある。ゴミ・汚水処理の問題、猟で使用されるボート、4輪バギーなどの油……。
「きれいな水に生命は宿る」
この言葉は彼らの生活に限ったことではない。きれいな水がなければ、おいしい米は食べられないし、豊かな森は育まず、そこから生まれる生命を享受することはできない。きれいな水に多様な生命が宿り、その生命を糧として私たちは日々生活している。「蛇口ひねれば水がでる」生活のなかで、この言葉をふっと思い出すときがある。
2009年11月20日

ヌナブト準州州都イカルイトの空港。2005年8月撮影
2001年2月28日のことである。北極点を目指す最前線基地が置かれるレゾリュート・ベイからオーロラの町イエローナイフに行き、それから、ヌナブト準州中部の町ランキン・インレットに向かった。日本ですべての飛行機便を予約しており、その日のうちに、州都のイカルイトに移動する予定だった。ランキン・インレットの天気は快晴。しかし、イカルイトは悪天候。予定していたファースト・エアーの便は飛ばず、数時間遅れで、カナディアン・ノースの便に乗って、イカルイトに向かうことになった。
飛び立ったはいいが、現地周辺に行くまで飛行機が無事到着できるかわからない。窓の外を見ると、飛行機はぶ厚い雲に覆われ、氷雪が激しく降っている。心弱き私は不安な気持ちに包まれていたのを覚えている。アナウンスによると、着陸を試みるとのこと。激しく揺れる飛行機。機内の人からはジェットコースターに乗っているかのような声が。飛行機は無事着陸した。あれから、極北地帯の飛行機に何度も乗っているが、あれほどの揺れと恐怖を感じたのはあのときが最後だ。着いたら着いたで、タクシーはストライキ―中。気温マイナス22度のなか、飛行場から町の中心部まで重い荷物を背負いながら、冬の行進。あの日のことはいまでも鮮明に思い出すことができる。
ことの顛末は拙著『ヌナブト イヌイットの国その日、その日 テーマ探しの旅』に詳しく書いてあるが、このことを思い出したのは、昨日読売新聞である記事を読んだからである。
「2月のカナダG7、-23・8度のイカルイトで」という記事によると、来年2月5~6日に先進7か国財務省・中央銀行総裁会議(G7)がカナダ・ヌナブト準州州都のイカルイトで開催されるようだ。開催理由としては、「環境保護と北極圏開発の両立を目指すカナダの姿勢をアピールする狙い」があるらしい。記事には、「極寒の地で重要な国際会合が開かれるのは異例。カナダのメディアも開催地決定について『参加者は無事に集まれるのか』『毛皮商人や冒険家の追体験を堪能できるだろう』と驚きと皮肉交じりに報じている。」とある。
現地を知っているだけに、来年どのようになるか、不安でもあり、楽しみでもある。
2009年8月18日

ホエール・コーブ村のベルーガ漁のようす。2006年9月撮影
2000~2006年までほぼ毎年、カナダ・ヌナブト準州を訪れていました。一番訪れたことがある季節が7~9月のこの季節、夏であります。夏といっても、気温は10度前後。暑い日といっても、15度ぐらい。9月にもなると、0度近くになり、雪が降ることもたびたびあります。
ハドソン湾に面したホエール・コーブ村。人口約300人のうち9割はイヌイットです。1日のほとんど太陽が隠れている冬から太陽が顔をだす夏の日。それを待っていたかのように、村の周辺にはベルーガ(シロイルカ)が集います。ベルーガ周遊を海に面した家の人が発見すると、村中の電話が鳴り響きます。また、無線機で発信。
「ベルーガがいた」
この知らせを受けた人たちは仕事そっちのけでボートをだします。ヤマハ製の船外機をつけたボートに所狭しと人が乗りこむ。発見の報をした人の無線を頼りに、ボートを走らす。ベルーガは岸辺を好んで泳ぎます。極北の透明な海に、白い体が優雅に動く。銃声が平坦な極北の大地に鳴り響きます。バランスが悪いボートの上で銃口を定めるのはけっして簡単なことではありません。何発かの銃声のあと、淡い赤色の波紋が水面に広がります。
ベルーガをボートにくくりつけ、近くの岸辺へ。刃渡り10センチメートルほどのナイフで解体。全長5~7メートルほどあり、脂肪部分が多いベルーガを解体するのは一苦労です。村の近くで獲れた場合は村人たちが自然と解体場所に集まってきます。そして、マクタックといわれる皮部分をおすそわけ。イヌイットはこのマクタックを好んで食します。マクタックは歯ごたえがありますが、非常に美味。
夏のおわりとともに、ベルーガは北上します。夏の到来とおわりを告げるベルーガ。イヌイットにとってベルーガは夏の風物詩なのかもしれません。一昔まえまではベルーガが訪れる時期をある程度予測できたようですが、最近では時期のズレが目立つようです。日本列島も今年は異変つづきでした。「気候変動のため」とは断定できませんが、動植物は人間よりも地球の異変を敏感に感じているのかもしれません。
2009年4月3日

ヌナブト準州議会内の準州旗。
2005年9月撮影
初めてカナダ極北地方を訪問したのはいまから約19年まえの1990年7月、10歳のころでした。バフィン島にあるフロビッシャー・ベイ(現ヌナブト準州州都イカルイト)から飛行機に乗り、パングニルトゥングへ。そこから船外機付きボートで父と一緒に無人島へ。無人島で作家のC・W・ニコルさんと3人で1週間ほど過ごしました。そのころの原体験から、極北および先住民イヌイットに魅せられ、イヌイット研究を志したのが1999年、18歳のときです。
ときを同じくして、1999年4月1日にカナダ極北地方の地図が大幅に塗り替えられました。ノースウエスト準州(州都イエローナイフ)から分離し、ヌナブト準州が誕生しました。「ヌナブト(Nunavut)」はイヌイットの言葉で、「私たちの土地」を意味し、準州という政治的枠組みを得られたことは彼らの長年の夢だったのかもしれません。
2000年から2006年までほぼ毎年2か月から3か月、カナダの極北地方で過ごしました。最後に極北の地を彷徨してから3年あまり……ヌナブト準州10周年のようすをネットで見て、かの地が懐かしく、郷愁の念があります。フィールド(現場)に行かないと、フィールド感覚が薄れていきます。短い期間でもいいので、今年あたりはフィールドに行きたいな~と思う今日このごろです。