犬ごころ、人ごころ


愛犬家への警戒は怠らない

2011年1月28日

盲導犬や聴導犬、警察犬や災害救助犬など、さまざまな使役犬が世間の脚光を浴びるようになり、日本社会における犬に対する認識や存在もずいぶんと変貌を遂げてきた。一昔前なら中・大型犬は「噛む、吠える、飼うのは屋外の犬小屋で」という番犬スタイルが常識だったし、小型犬は「溺愛されるペット=愛玩動物」というスタイルが多かった。またきちんとしつけられた犬そのものの存在も圧倒的に少なかった。

しかし現在は、犬を対等なパートナーや家族のような概念でとらえる「コンパニオンドッグ/パートナードッグ」として扱う人が急速に増加し、しつけられた犬も、しつけの方法も大変増えた。特に変化が激しいのが私のように中・大型犬を飼うケースで、湘南の私の周辺では、番犬スタイルはめっきり減り、「噛まない、吠えない、外で飼わない」は、もはや常識の域になっている。それだけ飼い主の意識や知識のレベルが高くなった証だが、そうはいっても完璧なわけではない。おそらく日本でも有数のワンコ密度の場所だから、飼っていない周囲の人たちもほかの地域と比べると理解があるとはいえ、いろいろな飼い主、いろいろな犬がいるので、さまざまな問題もたくさん存在している。

10年以上この地で濃密に犬を飼っていれば、個人的にも困ったなと思う程度の小さいことから、こりゃ大変だとマジに取り組まなければならないトラブルに何回か遭遇したり巻きこまれたりしたことがある。そして、そういう経験から至ったひとつの残念な結論がある。それは
『私は犬を飼っている人に一番警戒を怠らない』である。

世間的には犬を飼ったり、その経験が薄い人がやはり多数派だから、犬に対する知識も意識も私と違うのは当然のこと、「コンパニオンドッグ」という言葉がいったい何を意味し、リアリティーを持って認識できるのかというと、それはなかなか無理なことだ。だから、そういう方から嫌な思いをさせられたり、辛い仕打ちを受けたりすることはまだ納得できるのだが、同じような愛犬家の方々との接触で、そのようなことになると、気持ちの整理はそう簡単ではなく、傷つくこともたびたびある。やはり「同じ愛犬家なのに…犬が大好きなはずなのに…」という前提が加わってくるため、意外とこころの傷が深いのである。そして、数々の経験を通して前述のような残念な結論に至ってしまった次第だ。そうなるキッカケとなった些細な事例を少し挙げてみることにする。

私は知らない犬が前から散歩してくると、その犬と飼い主の様子を本当に注意深くウォッチする。そしてやってくるその犬には近寄らないようにすることを基本としている。一見して激しい犬だったり、逆に飼い主が散歩させられている場合は当然のことだが、穏やかそうな犬だったり、飼い主がコントロールできていると判断できるときも原則は変わらない。また、すれ違う時にスペースがなく、どうしてもお互いが接近してしまうケースも多いが、最低でも自分の愛犬が近づこうとしても、届かないようにリード(引き綱)を絞りこむ。これらのことは犬飼いならば誰もが心がける常識なのだが、現実はこの常識が通用しないこともままある。

例えば自分と同じゴールデン・レトリーバーを散歩させている人と遭遇したとする。同犬種ということもあり、またフレンドリーな犬種ということもあって、飼い主も犬の方もお互いにわりと気さくにコンタクトしようとする。ほとんどの場合はフレンドリーに推移するのだが、あんなに穏やかな表情で歩いてきた犬なのに、至近距離になったらいきなり表情を一変させ、前ぶれもなく噛みつかれたことが複数回ある。いずれも大事には至らず、その場で謝罪してもらっているので、大きなトラブルとは言えないが。
「ゴールデンが噛むなんて……」
セナもアンディも、人はもちろん、犬に対しても噛まれたことはあっても噛んだことがないし、ゴールデンはそういうことを最もしない犬種のひとつと認識している私としては、その度にとてもショックを受けた。
“いったいどんなしつけをしているんだ!まだほかの犬に対する社会性が備わっていないのなら、リードをもっと短く持つとか、自分の身体に巻きつけて動けないようにするとかしろよ! そもそもこちらの犬に挨拶させようと笑顔で近づくなよ!”
私はわずかに飛び散った愛犬の白い披毛の残像とともに、その知らない飼い主への憤りが数日間収まらなかった。

こんなこともあった。まだセナしかいない頃、初対面の人犬コンビ、犬は若いゴールデン、人は年輩の男性だった。人犬ともに優しそうな顔をしていた。すれ違うときに犬同士もフレンドリーだったので、おたがいにあいさつをさせ、そのとき私は飼い主さんとも少し話をした。「何歳ですか? オスですか? メスですか?」といったありきたりの会話だったが、向こうの飼い主さんはポケットに突っこんでいた手をおもむろに高く差し上げ、2匹の犬にオスワリを命じたのである。もちろんその手にはトリーツ(おやつ)が握られていた。

その人のゴールデンはすぐにオスワリをし、もうすでに口許からよだれが流れ出ていた。一方セナは立ったまま怪訝そうに私の顔を見ていた。その方はすぐにオスワリをしている自分の犬におやつを与えた。穏やかなあいさつができたご褒美だったのだろう。仕方がないので私もゆっくりとセナにもオスワリをさせたが、同時につぎのように言葉も発していた。
「すいませんけど、うちの子はおやつを与えていませんし、おやつを使ったしつけもしていないので、あげないでください。申し訳ありません」
向こうの飼い主さんはキョトンとしていたが、私はこころのなかでこう呟いていた。
「勘弁してよ。悪気がないのはわかるけど、なんでこちらに何も聞かずに初対面で、しかも路上でいきなりおやつを与えようとするかな。その家の普段の溺愛ぶりやしつけのレベルが透けて見えるな。何よりもうちの『セナ』は大好物なおやつであっても、飼い主の手からしか、しかも許可しないと食べないんだよ〜」

これらの例は本当にごくごく日常的な些細なことで、事件というほどのことではないが、みなさんそれぞれが犬に対する意識・知識・常識を持っていて、スタイルも違うから、同じ愛犬家であってもそこには自ずと大きな段差やズレが存在するのは当たり前というのに、そのことを忘れてしまっているケースは意外と多い。犬は噛むものだから仕方がないと思っていたり、しつけは目の前にニンジンぶら下げれば安泰という愛犬家はまだまだたくさんいるし、それを否定するものではないが、少なくとも私たちはそういう犬に対する世界観のなかには棲んでいない。だからそういう愛犬家もいるということを、愛犬家であってもなくても、ぜひ覚えておいてほしいと思う。

Photo
同じような犬好きの人だと思っても、相手をある程度理解するまで警戒は怠らない。結局、犬飼いの人を見る目がものすごくシビアになってしまった。なお、写真はイメージです。本文とは関係ありません


著者紹介

池野谷 健二(いけのや けんじ)
Editor, Photographer, Writer, DTP Director
湘南・鵠沼在住
ken [at] dogphoto.jp ([at] を @ に変えてください)

出版社勤務を経てから平成2(1990)年に独立。様々な編集・制作業務に携わり、20年以上にわたる雑誌編集長のキャリアも持つ。現在はフリーとして活動中。

1997年、ゴールデンレトリーバーのセナ(♂)を飼い始めたことがキッカケで犬の撮影を始め、2002年に2匹目のアンディ(♂)も家族の一員に。それからは愛犬が生活の中心にいるという生活となる。2010年4月、初代のセナが亡くなり、2011年3匹目のディロン(♂)が家族に加わり、現在は2匹のゴールデンとともに暮らしている。

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