d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから


父よ、母よ

2011年12月17日

2011年6月14日、イフェ アフォラヨンの自宅裏庭にて

木彫家アフォラヨンの自宅を訪ねた。15年の歳月をかけて建てたばかりの平屋の扉は重く頑丈だが、窓枠には白色の厚手のビニルシートがさげてあるだけで、網戸も窓ガラスもはめられていない。壁は内側も外側もコンクリートのままで、屋根には数十枚のトタンがのっかっているだけ。光の入らない居間に並べられた椅子とテーブル、ドアのないふたつの部屋の入り口にかけられた布の隙間から見える寝具、ガス台のない台所の床に重ねられた食器は、アフォラヨンがここに家族と住んでいることを静かに告げる。

裏庭の小さな家庭菜園のそばで、彼のライフヒストリーを聞かせてほしいと頼む。アフォラヨンは部屋へ戻って、なにかを持って庭へ出てきた。父親と母親の写真だった。

貧しい農夫だった父親は、家族のために懸命に働いた。息子を中学校へ進学させてやることはできなかったけれど、弟子入りして夢中に木を彫りつづけた息子は、やがて一流の木彫家となってひとり立ちした。けれども作品が売れない時代は長い。病に伏した父親の死を見とどける以外、息子はなにもすることができなかった。いま、アフォラヨンの希望は、子どもたち3人を大学へ進学させること。そして、車を買って、田舎に住む母親のところへ通うこと。

葛藤と希望がにじむ光彩をひとみからこぼしながら彼は言った。
「あたらしい時代は来ますから」

Photo
アフォラヨンが見せてくれた父親(左)と母親の写真。いずれも1960年代に撮影されたと思われる。彼は、目もとは母親に、口もとは父親によく似ている。1960年代から1980年代までは、海外からの観光客や国内の富裕層に売れていた木彫だが、1990年代よりほとんど売れなくなってきている。その原因として、儀礼用具として木彫を必要とする土着信仰が衰退していることや、ナイジェリアの経済不安により、装飾品としての木彫が売れなくなっていることなどがある。しかし、西アフリカのヨルバランドから北米、中米、南米へと離散した奴隷の子孫たちの一部は現在でもヨルバの土着信仰を受けついでおり、こうした海外からの木彫の需要が、不定期ながらもある。
2011年6月14日、イフェ アフォラヨンの自宅裏庭にて

(毎週土曜日更新)



著者紹介

緒方しらべ

緒方しらべ (おがた・しらべ)

1980年島根県に生まれる。18歳まで福岡県で育つ。ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)にて学士課程をへて、2005年に同大学院修士課程を修了。2007年より、総合研究大学院大学文化科学研究科にて博士後期課程に在籍。

2003年以来ナイジェリアでフィールドワークに従事し、造形活動にたずさわる人びとをテーマに研究をおこなっている。

(株)清水弘文堂書房

TEL 03-3770-1922 FAX 03-6680-8464

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