野球+越境する漂流者たち


第8回 ドミニカからつづく日本球界への道

2010年4月4日

トライアウトの出番を待つ少年、ドミニカ共和国サント・ドミンゴにて
写真: トライアウトの出番を待つ少年、ドミニカ共和国サント・ドミンゴにて

トライアウト

2008年12月。サウスポーの彼は右手にグローブをはめると、私のほうをちらりと見やり元気よくマウンドへと駆けだしていった。首都サント・ドミンゴの片隅にある野球場。普段は大リーグを目指す野球少年たちの練習場に使われているが、この日ばかりは様子が違っていた。ネット裏に陣取ったのは、日本のプロ野球関係者たち。ドミニカで初めてとなる中日ドラゴンズのトライアウトがおこなわれたのだ。肩慣らしを終えていよいよ本番。キャッチャーに背を向け大きく深呼吸をし、投球練習をはじめるエクトルを見ながら、初めてバニの球場で出会った日のことを思い出していた。

19歳のエクトルは2年前、大リーグ球団のアカデミーと契約するが、ケガなどの不運もあってアメリカに渡ることはできなかった。地元に帰ると妻と子どもが待っていた。銀行に預けていた契約金を切り崩しながら、ぶらぶらする毎日。アカデミーにいるときに、左投手が重宝されるのを知っていたし、まだ可能性はあるはずだと疑わなかったエクトルは、ふたたび昔のコーチのもとを訪ねる。初めて彼の投球を見たとき、素人目には凄い投手に映った。スピードガンの表示は90マイル(144キロ)をさしていたし、コントロールも申し分ない。なので、遅かれ早かれ、どこかの球団が彼と契約するだろうと簡単に考えていた。

バックネットに直接あたってしまう暴投が続く。日本のボールになれないのか、初めてのマウンドに足をとられているのか……。その後も思ったところにボールがいかない。野次馬のあいだから失笑がもれる。気の毒なくらいに顔が引きつっている。見かねたコーチが、投球フォームのアドバイスをするが、今度はフォームに気をとられてスピードが落ちてしまう。いつもの投球が戻らないまま、トライアウトが終った。

「就活の場」としてのウィンターリーグ

アメリカでMLBのシーズンが終わるころ、ドミニカのウィンターリーグが幕をあける。全6球団で構成されるこのリーグ戦には、アメリカで活躍する選手が数多く参加するために白熱した戦いが繰り広げられる。10月なかばに開幕し、1月のプレーオフ、2月初旬のカリビアンシリーズ [1] が終わるまでのあいだ街角の話題を独占する。

数年前からドラゴンズは、数名の若手選手をウィンターリーグに派遣するようになった。大リーグで活躍する選手に混じってプレーができる貴重な機会と考えたからであろう。実際にその効果はめざましく、吉見一起投手や中田賢一投手が中心選手に育っていることはよく知られている。彼らの武者修行にはコーチ、ブルペン捕手、通訳が帯同する。選手の指導やサポートがおもな役割であるが、もうひとつの仕事がドミニカ人選手のスカウトだ。

ウィンターリーグには、翌年の契約先が決まっていない選手が数多く出場する。ほとんどの選手が、マイナーリーグではよい成績を残しながら、メジャーに定着するにはもう少しというレベルである。一方で、球場にはイタリア、メキシコ、ベネズエラ、台湾のプロ球団のスカウトが顔をそろえ、激しい選手争奪戦が繰り広げられる。選手にとっては自分を売りこむ貴重な就職活動の場なのだ。

夢をかなえたもの、かなえられなかったもの

昨年、ドラゴンズに入団したトニー・ブランコもそのような選手のひとりだった。1999年にレッドソックスと契約してはじまった野球人生。ドミニカのアカデミーからメジャーリーグまでのぼりつめたものの、メジャーでは結果を残すことができなかった。マイナーリーグで好成績を残しても給料は微々たるもの。くわえて毎年、若い選手が入ってくる。いつクビを宣告されても文句はいえない。気がつけばマイナー生活も10年。それが2008年までのブランコの野球人生だった。

しかし、その年のウィンターリーグで、ホームランを打ちまくっていたブランコにドラゴンズのコーチが興味をもつ。「あいつおもろそやな」といったかどうかは定かではないが、このコーチの眼力は確かだった。3000万円以下の年俸で獲得できたうえに、昨年度のセ・リーグ二冠王(本塁打、打点)に輝いたのだから。昨年の活躍のおかげで、今年の年俸は1億6000万円(推定)になった。マイナー暮らしの長かった苦労人が、新たな移民先で夢をかなえた。

2009年夏。半年ぶりに訪れたバニの球場では、いつものようにアカデミー契約をめざす少年たちが灼熱の太陽の下で汗を流していた。顔見知りの少年たちから声をかけられる。言葉を返しながらも、視線はグランドの隅々を探していた。しかし、とうとう一番会いたかったエクトルの姿を見つけることができなかった。


1. メキシコ、プエルト・リコ、ベネズエラ、ドミニカのウィンターリーグ優勝チームとのあいだで争われるカリブ海地域チャンピオンシップ。 [ ]



著者紹介

窪田 暁 (くぼた・さとる)

窪田 暁 (くぼた・さとる)

1976年奈良県生まれ。総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)、奈良県立大学専任講師。専門はスポーツ人類学、国際移民研究。ドミニカ共和国をはじめとする世界各地で、国境を越えて展開するスポーツと人びとの関わりを研究している。

おもな著書に、「グローバリゼーションとスポーツ移民-ドミニカ共和国の「野球移民」」(早稲田大学スポーツナレッジ研究会編『グローバル・スポーツの展望と課題』、創文企画、2014年)、「「野球移民」の誕生-ドミニカ共和国における移民像の送出過程」(『総研大文化科学研究』第10号、2014年)、『世界地名大辞典第9巻<中南アメリカ>』(共著、朝倉書店、2014年)、『世界民族百科事典』(共著、丸善出版、2014年)などがある。

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