犬ごころ、人ごころ


大震災後、豪雨のなかの初散歩

2011年3月25日



大震災から2週間が経過した。日に日に増える死者・行方不明者の数。連日連夜、心を痛ませる報道が続いている。そして、日本のみならず、世界中が心配しながらその動向を注視せざるをえない福島第一原発の事故。それは私も同様で、発生してから注水作戦や電源回復のためのケーブル敷設作戦など、刻々と変化する状況を、計画停電のなか、かたずを飲んで見守っている。

微量ながらも放射性物質が大気中に確認されてから、すぐに継続的に週間天気図と当日天気図を見て、天候はもちろん、風向きや風速をチェックしている。ときには、事故現場から湘南までつながる地点数か所をチェックし、発表されているさまざまな情報と照らし合わせながら、いろいろ考察してきた。

なぜそんなことをしていたのかというと、それは必ず近々に訪れてしまう「雨のなかの愛犬との散歩」という事態に備えるためである。

私は長年ウインドサーフィンを楽しんできていたので、気象について、とくに風については一般の人よりかなり明るい。だから季節が春に変わるこの時期、南岸に前線ができやすく、それにともなって北東風が吹くことをすぐに思い出した。それは放射性物質が風下の湘南にも拡散してくることは確実で、前線があるならばそれは雨といっしょにやってくることも予想できた。そのために私と相棒の女性は情報や知識を収集し、雨のなかの散歩のシミュレーションも始めた。愛犬と自分の装備、そしてびしょ濡れで帰ってきたあとの動線や手順などを2人で話し合ったのだった。

幸い事故後は日本海に低気圧が入って強い南~南西風、その後太平洋に抜けて西高東低の気圧配置になって西風ベースの風向き、移動性高気圧が訪れての穏やかな南風など、位置関係的に最悪の北東の強風、そして最悪の雨という天候にならずに日付は過ぎていった。また、多くの人びとの命がけの努力のおかげで放出されている放射性物質はギリギリ低めに抑えられ、心配する必要はない状態を保っていたのはホッとしていたが、週間天気図を見ると21日にそのときが訪れることは確実だったので、私は覚悟を決めていた。

何をそこまで大げさにと思われるかもしれないが、この事態の長期化は避けられないし、最悪の事態を想定し(そうならないことを切に願っているが)、この状況下での最善の散歩方法を早く組み立てておく必要があると痛感しているからだった。大人の人間に比べると身体が小さい(アンディは30kg)とはいえ、小学生ぐらいの子どもと同じぐらいなので影響がないと言われていても私よりは大きいと思う。さらにアンディはオスなので路面や電柱、壁などのにおいを嗅ぎ、メスのいいにおいがすれば、ときには油断をすると舐めてしまうこともあり、その上、身体はレインコートで覆えても、頭(目、鼻、口)は濡れてしまうのは必至で、そういうところから、体内に入ってしまう可能性も高い。

3月21日、春分の日。ついに最初の雨が朝から降った。それもシトシトではなく、冷たく強い北東風が吹きまくり、横殴りのどしゃ降りである。予報を見ても小振りになる気配はなかったので、私は意を決して豪雨用装備に身を包んだ。上下の完全防水のレインスーツ、長靴、レジン作業などで使うゴム手袋、ひさしのついた帽子、アンディもレインスーツに、今までは使用していなかったセットのフードをつけた。そしてその上、アンディの顔を守るために、いつもは持たない傘も持参して散歩に出動。しかし、どこかあわてていたからか、自分のマスクをするのを忘れてしまった。

容赦なく冷たい雨が横からも前からも襲ってきた。はじめのうちはアンディの顔に雨がかからないように傘を操作していたのだが、いかんせん風が強く思うようにカバーできない。おまけにアンディはというと、こちらの意図や気持ちをわかるはずもなく、雨水に流されて微弱になっているにおいを逃すまいと、右に左に気ままにフラフラと、傘から平気で出ていってしまうし、そうでなくてもアンディは、セナとは違ってこういうストーミーなコンディションのときのテンションはいつも高めなのだ。だからこちらも引き綱を引っ張るので、アンディの頭から間もなくフードも外れてしまった。アンディの頭や顔はもうびしょびしょで、傘でカバーすることもフードでカバーすることも企画倒れと悟り、どしゃ降りのなかで傘を閉じた。普段は濡れることは気にしていないのだが、健康には影響がないとわかっていても、やっぱり震災後初めての雨であり、それがこれから当分続くという現実がどうしても頭から離れないゆえの悪あがきであり、その悪あがきは10分で終わった。

「アンディ! 早くウンチしてくれよ~」
私はこう言いながら散歩を続けた。知り合いのほかのワンちゃんたちにも会った。みんなびしょ濡れで、おかしいことに私と同じフレーズを口にしていた。

私はもう帰ることにした。家までの最短ルートにいくつかあるウンチポイントに、順番にアンディを誘導していった。すると、3つ目のポイントでついにアンディは腰を沈めた。
「よかった」
私はホッとしてウンチを拾い、急いで家に向かった。でも……。これで終わったわけではない。この日が訪れる前にいろいろシミュレーションしていたことのほとんどは、家に戻ってからのことだからだ。

まずは玄関ではなく、海上がりのための外シャワーに私もアンディも直行した。そこで人も犬も浴びた雨を洗い流すためにレインスーツの上から真水のシャワーを浴びた。アンディはスーツだけでなく全身を洗い、そして家のなかで拭くためにスタンバイする相棒の女性に勝手口からアンディを渡した。私は全身防雨装備のまま風呂場に駆けこみ、そこで服もふくめてすべて脱いで、シャワーを浴びた。ことはシミュレーションどおりにスムーズに進み、洗った防雨装備を干し、濡れたタオルなどを洗濯機にぶちこんで、震災後初の雨のなかの散歩は終了した。アンディも私もかなりクタクタになっていた。

これほどの暴風雨のときはそう多くないと思うが、土壌や野菜、飲料水から、健康への影響がない程度の微量の放射性物質検出のニュースも飛びこんできている。それほど神経質になることもないのだが、長く続くと思うとさすがに気が滅入る。いつも散歩する砂浜や公園、海で、今までのようにアンディが砂・泥だらけのボールをくわえて遊ぶことも、木をかじることも、顔も口も砂だらけになるほど砂浜を掘ることも、さらに海で泳ぐことやスタンドアップパドルボードやウインドサーフィンに乗って遊ぶことも、今までのように無警戒・無防備に行うことはできない状況になってきてしまうのだろうか……。

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いざ、出陣:私もアンディも豪雨のための完全防備。私はこの日いつもは持たない傘まで持った

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棒のダンス:このように無警戒にのびのびと海岸で遊べる日がいつまでも続くことを切に願う


著者紹介

池野谷 健二(いけのや けんじ)
Editor, Photographer, Writer, DTP Director
湘南・鵠沼在住
ken [at] dogphoto.jp ([at] を @ に変えてください)

出版社勤務を経てから平成2(1990)年に独立。様々な編集・制作業務に携わり、20年以上にわたる雑誌編集長のキャリアも持つ。現在はフリーとして活動中。

1997年、ゴールデンレトリーバーのセナ(♂)を飼い始めたことがキッカケで犬の撮影を始め、2002年に2匹目のアンディ(♂)も家族の一員に。それからは愛犬が生活の中心にいるという生活となる。2010年4月、初代のセナが亡くなり、2011年3匹目のディロン(♂)が家族に加わり、現在は2匹のゴールデンとともに暮らしている。

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