犬ごころ、人ごころ


シッポミュニケーション-1

2011年5月14日



ごくごく平凡な日常。机に座る私のかたわらで愛犬の「アンディ」や「セナ」は床の上で横になり、半分寝ているようにトローンとしている。ちょっと筆に、ときにはアイデアに行き詰まる私は、その愛犬たちに「どうするかな〜、アンディ」とか「なんかないかな〜、セナ」といった、彼らにはまったく意味のないひとり言を投げかける。すると彼らはパサッ、パサッとシッポを柔らかく振る。もしそのときにこちらを見て、おたがいの目が合ったときは、パシパシとシッポの振りはやや激しくなって床を叩く。人が言葉を投げかけ、犬がシッポで答え、そこに必ずアイコンタクトも加わる。犬と人はもう何万年もの長きにわたり、このなんでもないやりとりをあらゆるところで繰り返し、繰り返し、続けてきた。

「シッポミュニケーション」私はあえてこう呼ぶが、アイコンタクト・人の言葉・シッポの動きというこの3つがワンセットとなることが、犬と人との典型的なコミュニケーションの一形態だ。犬と暮らした経験のない方はピンと来ないかもしれないが、この「シッポミュニケーション」のなかには、意外と多くの情報が行き交い、両者の意思の疎通が頻繁に行われる。「シッポミュニケーション」を行っているときは、シッポを振っている犬の方はだいたいにおいて喜んでいることが多いが、飼い主の側も犬とのつながりをリアルに感じ、犬を飼っている喜びを最大に感じている瞬間でもあるのだ。

ただ、人と犬がともに喜ぶひとときだからこそ、そこには落とし穴もあることを見逃してはいけない。典型的なケースが、オヤツなどの食べ物をあげすぎてしまうということだ。普通オヤツを手に持てば、あるいは入れ物のビニール袋の音を聞いただけで、犬はシッポを振る。喜びあふれてちぎれんばかりに振る犬も少なくない。人の方もカワイイ幼子(前回参照)が喜んでいる姿を見るわけだから、ついつい必要以上に与えてしまうことになりがちなのだ。喜ぶ姿の象徴がシッポの振りであり、それが見たいがためにオヤツを与えるというのは、「シッポミュニケーション」の本質からズレてしまっているので、気をつけていただきたい。


シッポの動きは言葉を話せない犬が言葉のようなものを現出させる貴重なシグナルだ。動きも振るだけではなく、振り方も多様だ。擬音にすれば、「フワッ」「パサッ」「ブンブン」「ピシピシ」「バシバシ」「プリプリ」「プルプル」「ヒューッ」などなどさまざまだ。動詞的に表現すると「振る」はもちろん「振り切る」「叩く」「揺らす」「震わす」「萎える」「垂れる」「そそり立つ」などとなり、それぞれ犬の気持ちや心境をあらわしている。また、犬種の違いによるシッポの形状の違いや個々の犬の性格なども関係してくるので、シッポの動きの解読はマニュアル通りにいかず、「シッポミュニケーション」となると、アイコンタクトや人の言葉そのものに対する理解度も絡まり合ってくるので、奥深すぎるほど奥深い世界なのである。

愛犬の「セナ」と「アンディ」においても、同じ犬種にもかかわわらず、シッポの動きそのものも、その傾向もかなり異なっている。

先代の「セナ」は幼少期はそうでもなかったが、5歳を過ぎて完全な成犬になってからは、基本的にシッポをあまり動かさず、高く上げることも稀になった。もちろんシッポが入りこむこともほとんどなかった。ほんの少しだけ上げて、ほんの少しだけ左右にゆっくり振る程度である。ハシャがず、騒がず、いつも平常心で、悠然としていて、彼をよく知る人たちから哲学者とも人格者とも言われていた「セナ」らしいシッポの動きだった。だから、人に撫でられてもシッポを激しく振る姿を見せないので、それを期待して撫でてくれた人の期待を裏切ることもよくあり、私もしばしばその人に対して申し訳ない気持ちに苛まれたものだった。

また、逆に彼のシッポが大きく動いたときは、彼を見守る私の集中力も一気に高くなった。ちぎれんばかりに大きく振ったときは、彼と同じぐらいこちらも嬉しくなり、散歩中にゆっくりと高く上がってピンと止まったときは、近づいてくる他の犬に対して、私も最大限の警戒体勢に入るのが常だった。「セナ」との「シッポミュニケーション」の主役は、シッポの動きそのものではなく、圧倒的に濃密な「アイコンタクト」と「私のつぶやき」に対する理解力で、特に晩年は、彼とは見つめ合っているだけで深いコミュニケーションが完遂していた充実感がある。

一方の『アンディ」は対照的に強烈にシッポを動かす。壮年期の8歳になった今でも、喜んでいるときは若犬のようにスピード、衝撃ともに第一級のシッポパンチを繰り出し、気になる犬にもブンブンとシッポを振って近づき、しつこくしすぎて吠えられると、絵に書いたようにシュンとシッポを入れこむ。また気が強いオス犬に相対すると、警戒を示す動きであるシッポを高く立てて振るというふうに、実にわかりやすいシッポの動きを見せる。気持ちや心境がダイレクトにシッポにあらわれる犬らしい犬で、最近はその上年齢を重ねたこともあり、濃密なアイコンタクトや「私のつぶやき」に対する理解力が以前より格段に進化し、セナとほぼ同じレベルに達したと実感しているこの頃である。(以下次回に続く)

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セナのシッポは死ぬまで毛ぶきがよくて美しく、動きもノーブルだった

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愛犬の「セナ(左/故犬)」と「アンディ(右)」は、同犬種にもかかわらず、シッポの動きが対照的。いっしょに広い芝生に放たれて走っているのにセナのシッポは下に下がり、アンディのシッポは高く上がっている

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アンディは砂浜にカラダをスリスリしようとするときでさえ、「サイコー」と言わんばかりに、こんなにシッポを直立させる。なお、ちなみにこの海岸は話題の浜岡原発のすぐそばだ


著者紹介

池野谷 健二(いけのや けんじ)
Editor, Photographer, Writer, DTP Director
湘南・鵠沼在住
ken [at] dogphoto.jp ([at] を @ に変えてください)

出版社勤務を経てから平成2(1990)年に独立。様々な編集・制作業務に携わり、20年以上にわたる雑誌編集長のキャリアも持つ。現在はフリーとして活動中。

1997年、ゴールデンレトリーバーのセナ(♂)を飼い始めたことがキッカケで犬の撮影を始め、2002年に2匹目のアンディ(♂)も家族の一員に。それからは愛犬が生活の中心にいるという生活となる。2010年4月、初代のセナが亡くなり、2011年3匹目のディロン(♂)が家族に加わり、現在は2匹のゴールデンとともに暮らしている。

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