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犬ごころ、人ごころ


「しつけ」の本質は信頼関係とアイコンタクト

2011年2月14日



犬を飼う上で、誰もがいちばん悩んだり、苦労したり、エネルギーを費やすことは、やはり「しつけ」だろう。「しつけ」に成功すれば、愛犬とのドッグライフはそれこそ快適そのものとなり、うまくいかなければ、逆にストレスに満ちた日々を過ごすハメとなる。「しつけ」の成否は飼い主の最大の関心事であることに異論を唱える人はいない。

昨年亡くなったセナは、私にとって生まれて初めての飼い犬であることは前にも述べたが、当然、私が犬をしつける経験も初めてとなる。だから本や雑誌、ネット、それに犬飼いの先輩など、いろいろなルートから自分たちで情報を集め、勉強し、そして実践した。なかにはうまくいかないこともあったが、セナのしつけは総じて順調に進み、最終的には周囲の多くの人も認めてくれるほど、「しつけ」が行き届いた、誰からも愛されたいい犬になったと自負している。また、その経験を通して、私自身も多くの発見をした。

最大の発見は「信頼関係=絆」というのは、本当に大切にするべきものであり、尊いものなのだということを、生物の種を超えた、犬との関係性を介して深く再認識させられたことである。「信頼関係が大切」など改めて声高に言うのも照れくさく、いい大人が何を今さらということもわかっているが、本当に重要なのだと思ってしまったのだから仕方がない。これは人として生きていく上で不可欠なことであり、犬にとってもまったく同様である。「信頼関係=絆」がひとつもない状態で生きていくことは、生きている意味や価値の多くを失っていると言ってもが過言ではないかもしれない。私はこのことを明確に認識してしまったからこのブログも始めようと思ったのであり、タイトルも「犬ごころ、人ごころ」に落ち着いた次第だ。

さて、多くの人が悩んでいる「しつけ」なのだが、この「信頼関係=絆」を、もし愛犬との間につくり上げることができたなら、もう「しつけ」で悩むことはほとんどないだろう。極端な話、「しつけ」はしなくてもいいぐらいだ。飼い主が「やめてほしいな」、「それをやってはイケナイ」としっかり思えば、その気持ちは信頼関係ができているならば犬に伝わり、犬はその行動をやめる。それほど犬はわかっている動物なのだ。
「しつけ」の本質はしつけテクニックをマスターすることにあるのでも、力やモノで支配して服従させることにあるのでもなく、信頼関係を構築し、それを継続させていくことにある。メソッドやテクニックが重要なのは言うまでもないことだが、人はしばしば表面的なことや眼前のことに振り回され、また理性や論理、客観性ではなく、感情や気分、そしてその人の性格に支配され、本質を見失ってしまうことがよくあるから、「しつけ」に関しても、本質は決して見失わないようにしたいものである。


では、この信頼関係はどのようにすれば築いていけるのだろうか。基本はアイコンタクトとスキンシップ、そして歪みが少ないたっぷりの愛情といわれているし、私もそう思う。振り返ってみると「セナ」が子犬のときに、このアイコンタクトとスキンシップは、それこそふんだんに行っていた。意識的にいうよりもほとんどは無意識にやっていたのだが、これらをきちんと行っていけば、信頼関係はつくっていけるだろう。

ただ、はっきりと意識的に行ったこともある。それは叱るときのアイコンタクト、つまり、「しつけ」のアイコンタクトである。これはやりすぎと言われるほど行ったこともある。いたずらをしたり、言うことを聞かなかったりしたときに、できるだけ間髪を入れずに彼のマズル(鼻口部)をつかみ、私の顔の目前に持ってきて、腹から出す低い声をで「ノー」と言いながら彼の眼を睨みつけた。その距離わずか15cm、胸ぐらつかんで額をぶつけ合ってメンチを切るツッパリのように、ガンつけ(人間にはやったことがないが)をした。怒鳴ったり、叩いたりは決して行わず、ほとんど無言で、たまに「ノー」と言いながら、慣れていない強い眼力で最長30分にらみ続けたこともある。

そうやって目を見ると子犬のセナはひたすら目をそらす。時には顔を振ったり、体全体を使って逃れようとするが、私は絶対逃がさなかった。視線をそらせた先にこちらの目を持っていったり、持っていたマズルを改めて引き寄せたりして、ひたすら目を合わせた。場合によっては床に這いつくばったり、散歩中に路上でも行った。目を見ていると「あっ! コイツ、納得してないな」「服従してないな」とわかるもので、それを感じている間はやめなかった。最長のときはこれがもっとも激しく感じられたときで、彼のこころが折れるまで続けたから長くなってしまったわけだ。正確には覚えていないが、たしか生後6か月を過ぎたころだったと思う。



そしてその叱っている最中、ある瞬間から彼の目の奥から反抗の光がスーッと消えた。私は眼力を弱め、マズルをゆっくりと放した。セナはその場に伏せたままで、私も5分ぐらいその場に何もせずしばらくいてから、優しく彼の頭と身体を少し撫でながら、優しい声で、わかったねと呟いた。

ここまでもお互いの信頼関係は順調に築いてきたが、このときからその深度は明らかに変化した。特にアイコンタクトという側面ではダイナミックに変わった。私とセナはこの時期から、人間同士でも難しい目で会話する領域に入ったのである。それから彼が亡くなるまで、まさに「以心伝心」「あうんの呼吸」などの表現がぴったりとハマる信頼関係にどんどん成熟していき、私は犬と暮らす醍醐味を、セナは人と暮らす悦びを味わえたのではないかと今でも確信している。

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「何だよ、なんか用かよ」と反抗期の中学生の息子のような視線

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あまり前向きの感情が感じられない視線

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セナはよく遠くを見ているような目をしたが、私はその瞳の奥底にまでかなり入っていけたような気がする

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「なにやってんの? あそぼっ! こっちおいでよ」誰でもそう話していると感じるだろう。それほどはっきりと犬と会話できるのだ


著者紹介

池野谷 健二(いけのや けんじ)
Editor, Photographer, Writer, DTP Director
湘南・鵠沼在住
ken [at] dogphoto.jp ([at] を @ に変えてください)

出版社勤務を経てから平成2(1990)年に独立。様々な編集・制作業務に携わり、20年以上にわたる雑誌編集長のキャリアも持つ。現在はフリーとして活動中。

1997年、ゴールデンレトリーバーのセナ(♂)を飼い始めたことがキッカケで犬の撮影を始め、2002年に2匹目のアンディ(♂)も家族の一員に。それからは愛犬が生活の中心にいるという生活となる。2010年4月、初代のセナが亡くなり、2011年3匹目のディロン(♂)が家族に加わり、現在は2匹のゴールデンとともに暮らしている。

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