<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>清水弘文堂</title>
	<atom:link href="http://www.shimizukobundo.com/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.shimizukobundo.com</link>
	<description>環境学、民俗学の学術書を提供する清水弘文堂の公式ウェブサイトです。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 03 Feb 2012 03:36:17 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.2.1</generator>
		<item>
		<title>毎日新聞2月1日号で『この国の環境』が紹介されました</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/%e6%af%8e%e6%97%a5%e6%96%b0%e8%81%9e2%e6%9c%881%e6%97%a5%e5%8f%b7%e3%81%a7%e3%80%8e%e3%81%93%e3%81%ae%e5%9b%bd%e3%81%ae%e7%92%b0%e5%a2%83%e3%80%8f%e3%81%8c%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%be/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/%e6%af%8e%e6%97%a5%e6%96%b0%e8%81%9e2%e6%9c%881%e6%97%a5%e5%8f%b7%e3%81%a7%e3%80%8e%e3%81%93%e3%81%ae%e5%9b%bd%e3%81%ae%e7%92%b0%e5%a2%83%e3%80%8f%e3%81%8c%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%be/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 03:36:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>
		<category><![CDATA[メディア掲載情報]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7413</guid>
		<description><![CDATA[毎日新聞2012年2月1日号「ブックウォッチング」欄にて『この国の環境　時空を超えて』を紹介していただきました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/02/mainichi-20120203-p010-200.jpg" alt="" title="mainichi-20120203-p010-200" width="180" height="279" class="alignright size-full wp-image-7414" /></p>
<p>毎日新聞2012年2月1日号「ブックウォッチング」欄にて『この国の環境　時空を超えて』を紹介していただきました。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/information/%e6%af%8e%e6%97%a5%e6%96%b0%e8%81%9e2%e6%9c%881%e6%97%a5%e5%8f%b7%e3%81%a7%e3%80%8e%e3%81%93%e3%81%ae%e5%9b%bd%e3%81%ae%e7%92%b0%e5%a2%83%e3%80%8f%e3%81%8c%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%be/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>『自然の風景論』が図書館協会選定図書になりました</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/selection-2801-20120125/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/selection-2801-20120125/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 04:22:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7406</guid>
		<description><![CDATA[『自然の風景論』が日本図書館協会の選定図書（第2801回 平成24年1月25日選定）に選ばれました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>『<a href="/book/978-4-87950-604-7/" target="_blank">自然の風景論</a>』が日本図書館協会の選定図書（第2801回 平成24年1月25日選定）に選ばれました。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/information/selection-2801-20120125/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>グローバリゼーションの末端（2）　ゴミ捨て場で暮らす人びと</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/sometime-somewhere/24-garbage-dump/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/sometime-somewhere/24-garbage-dump/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 15:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>久保忠行</dc:creator>
				<category><![CDATA[いつか、どこかへ ドォッカーデー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7371</guid>
		<description><![CDATA[写真1：ゴミ集めをする少女。カメラに気がつくとそそくさと逃げてしまった。後に彼女の父親から話を聞くことができた。 国境の町 国境の町メーソットは、タイの首都バンコクから北西に約500キロの場所にある。メーソットの西端を流 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/gomisuteba.jpg" alt="" width="540" height="405" class="alignnone size-full wp-image-7372" /></p>
<p>写真1：ゴミ集めをする少女。カメラに気がつくとそそくさと逃げてしまった。後に彼女の父親から話を聞くことができた。</p>
<p><strong>国境の町</strong><br />
国境の町メーソットは、タイの首都バンコクから北西に約500キロの場所にある。メーソットの西端を流れるモエイ川がビルマとの国境線だ。横幅わずか数メートルのモエイ川の向こう側は、ビルマのカレン州である。</p>
<p>訪問当時、国境は閉鎖されていたが、地元の人は、小舟をつかって行き来している。国境が閉鎖されてから、橋渡しの金額（いわゆる密入国にかかる交通料）は、これまでの15バーツから20バーツ（60円）に値上げされたそうだ。これからビルマ側へ向かう人に、「ずっと国境はしまっているけど経済はどう？」と尋ねてみると、「これまでどおりだよ」と即答。その後、船にのってビルマ側に向かう人に手を振ってみると、ニコリとして手を振り返してくれた。</p>
<p>こんな一場面だけを切り取ってみると、「国家」や「国境」にとらわれない人の活動のダイナミズムが見えてきそうだが、こんな風に「自由」な人ばかりではない。</p>
<p><strong>ゴミ捨て場</strong><br />
この町の中心から6キロほど離れたところにゴミ捨て場があり、収集車によってゴミが集積されている。「ゴミの山」とはまさにこのことで、周囲に近寄った途端、生臭いにおいが鼻をついてきた（写真2参照）。この劣悪な環境で、およそ6世帯が生活をしていた。</p>
<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/gomisuteba2.jpg" alt="" width="540" height="119" class="alignnone size-full wp-image-7374" /></p>
<p>写真2：ゴミ捨て場の一望。180度裏手にもゴミ山が広がっている。</p>
<p>ここで暮らす人は、大人も子どももゴミに埋もれたプラスティック、特にビニール袋を中心に集めている。集めたものを売却し、その量に応じて現金を得ているのだ。買い取り値段は、季節によって異なる。雨季には1キロあたり、0.5～0.6バーツ（約2円）にしかならない。濡れたプラスティックを乾かす分の手間がかかるからだそうだ。集めたプラスティックは、ゴミ捨て場の近くのリサイクル工場に運ばれる。</p>
<p><strong>彼らの生活を脅かしているのは……</strong><br />
このゴミ捨て場で暮らしているAさん（44）――写真1の子どもの父親――は、2009年にビルマからタイ側へやってきた。いったいなぜここにいるのか、なぜタイに来たのかを尋ねると、とにかく仕事がなく、ビルマでは働き口がみつけられなかったからだという。</p>
<p>何度か同じ主旨の質問をしてみたが、「とにかく仕事がない」の一点張りだった。印象的なのは、すぐに政府批判へと結びつけて饒舌に語る活動家とは対照的に、「仕事をすること＝生きること」に切実なところだった。この差し迫った感じは、自己防衛的に「政治には口を出さない」姿勢が身にしみているからだろうか。</p>
<p>彼によると、友人の紹介でこの仕事をすることになったが、まさかこんな仕事につくことになるとは思ってもみなかったそうだ。3年前とは違って、いまは幾分か仕事があるかもしれないが、当面はここを離れるつもりはないという。かつてここで暮らしていたなかにはすでにビルマに帰ってしまった人もいる。選択の余地があるにはあるようだ。</p>
<p>大人は、一日あたり、20キロほどのプラスティックを集められるという。0．6バーツで売れるとしても、大人1日あたり、12バーツ（約30円）の収入しかないことになる。妻（35）と二人の娘（10歳と4歳）も一緒に集めているが、子どもは20キロも集めることもできないそうだ。単純に子どもたちが大人の半分を収集できるとしても、家族全体で36バーツ程度（約110円）にしかならない。</p>
<p>彼には1歳になる男の子もいる。集めたプラスティックのそばには、ゴミのなかから拾ったタマネギをはじめとした野菜を干していた。もちろん食べるためである。ゴミ捨て場から少し離れた場所付近には2つの井戸があり、汚い方の井戸は食器を洗う水に使い、もうひとつの綺麗な井戸は飲み水や調理に使う。</p>
<p>「ゴミ山」の端に家が並んでおり、この一家の住居は、わずか2～3畳ほどで、そこで親子5人が寝ている。衣服、食器類、布団などの家財道具のすべてが、ここに収納されている。このような生活環境で、いま彼らが頭を抱えていることは何だろうか。</p>
<p>彼によると、夜になると野良犬がやってきて、食器類や家具を持って行ったり、油が入った容器をかみ切ったりしてしまうことだという。ただでさえ劣悪な環境で、彼らの日々の生存をもっとも身近に脅かしているライバルは、ビルマ軍でもタイの警察でもなく、犬、なのである。</p>
<p><strong>グローバリゼーションの「末端」</strong><br />
さて、彼らが集めリサイクル工場を経て「商品」になったプラスティックの行き先は、タイの首都バンコク、そして中国である。タイも中国も大量にプラスティックを消費する。特にタイは、何でもかんでもプラスティックバック（ナイロン袋）に入れてしまう。</p>
<p>ここで押さえておきたいのは、大都市や海外へと売り渡されるモノの末端、あるいは国境を超えて売買されるモノの末端には、こうしてゴミ捨て場で生計を立てて暮らす人びとの生活があることだ。</p>
<p>セイフハウスにいる「使い捨てられ、行き場をなくし、無国籍となった」人びとや、「プラスティックの再利用と輸出を根底で支えるゴミ捨て場で暮らす」人びとは、まさにグローバリゼーションの末端にいる人の姿を投影している。部外者の人間が、ほんのわずかな短期間の訪問をもって、彼らの生活を肯定したり否定したりすることはできない。</p>
<p>ただ、グローバル社会の中心にいるであろう私たちは、こうした「末端」にいる人びとの存在を心にとめておく必要があるだろう。このような「末端」の人びとは、「普通」の人の目には触れないような場所に隔離され不可視化されつつ、「普通」の人の暮らしに包摂されているからである。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/sometime-somewhere/24-garbage-dump/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わが家にディロンがやってきた</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/dillon-came-over-to-my-home/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/dillon-came-over-to-my-home/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 09:03:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>セナパパ</dc:creator>
				<category><![CDATA[犬ごころ、人ごころ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7385</guid>
		<description><![CDATA[先代犬のセナが死んでから１年８か月、ついに２匹目のゴールデン・レトリーバーを飼うことを決断。2011年12月14日、生まれて３か月半のオスの子犬をわが家に連れて来た。長年セナとアンディという２匹のゴールデンを多頭飼いして [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_1.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_1.jpg" alt="" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-7397" /></a><br />
先代犬のセナが死んでから１年８か月、ついに２匹目のゴールデン・レトリーバーを飼うことを決断。2011年12月14日、生まれて３か月半のオスの子犬をわが家に連れて来た。長年セナとアンディという２匹のゴールデンを多頭飼いしてきたわれわれとしては、やはりその楽しさ、醍醐味、充実感は何物にも代えられないほどで、また、先住しているアンディの年齢（現在９歳）を考慮すると、ふたたび多頭飼いに踏みきるタイミングはいましかないので、特に相棒の女性が積極的に決断した。</p>
<p>名前は「ディロン／Dillon」、別にわれわれはマット・ディロンのファンでも、映画フリークでもないが、一昨年NHKで放映していたドラマ「運命の犬／ディロン」から拝借した。セラピードッグとなるゴールデンが主人公のドラマで、あまりドラマを見ない中年男の私も、このドラマはよく見てしまっていたから、相棒の女性の提案にすぐに賛成した。そのドラマの犬はセナによく似ており、ゴールデンのよさがにじみ出ていた犬だった。新しい家族もそのようになってほしいという願いもこめて、この名前になった。<br />
<a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_2.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_2.jpg" alt="" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-7398" /></a><br />
ただし子犬、そして新しい家族犬を迎えることは、単純にかわいいといってばかりはいられない。子育て健康管理、しつけはもちろんだが、もっとも気がかりなことは先住犬のアンディである。</p>
<p>彼は生まれたときから先住犬がいる環境で育ち、つねに２番目だった。両者の関係はとても良好で、お互いにとてもリスペクトし合っていた。そして、その片方が亡くなり、その環境の激変をアンディはみごとに乗りきって、そして最近はやっと始まった一人っ子生活を心の底から謳歌していたからだ。</p>
<p>そこに「ディロン」の登場である。彼の一人っ子生活は１年８か月で終わることになる。私と相棒の女性は子犬のケアと同じぐらい、彼のケアにも細心の注意を払うことになる。幸いなことにわれわれにはそれが初めてのことではないので、自信はあるが、先日の兄犬カミツキ事件の例もあり、ディロンが成長するまで油断することは許されなかった。</p>
<p>こうして「ディロン」を加えた２匹と二人の新生活が始まったのである。<br />
<a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_3.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito024_3.jpg" alt="" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-7399" /></a><br />
なお、かわいい子犬の登場で撮影写真の点数は増える一方。写真のブログ掲載は、点数に限界があるので、これからはスライドショーを活用していくことにしましたので、ぜひそちらの方もご覧ください。<br />
すでにvol.1とvol.2を連続アップしました。</p>
<p>dogphoto.jp_Slide-show<br />
<a href="http://youtu.be/Aqvv-oRhNu8" title="Dogphoto jp Slide Show vol 2:Golden Retliever DILLON DEBUT" target="_blank">vol.1　我が家にディロンがやってきた!!</a><br />
<a href="http://youtu.be/l5-GYIXjGPI" target="_blank">vol.2　ディロン/庭デビュー篇</a></p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />セナが亡くなってから１年９か月、ついに新しい家族ディロンがやってきました。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />紆余曲折があったのですが、幸運なことにおとなしくて優しいオスに巡り会いました。容姿、性格、血統といまのところ申し分なし</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />うちに来てわずか３日目にして、すでにカメラ目線をマスターし始めてくれました。これからが楽しみ</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/dillon-came-over-to-my-home/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>なぜ、兄犬はカミツイたのか？！</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/the-reason-that-has-been-bitted/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/the-reason-that-has-been-bitted/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 02:24:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>セナパパ</dc:creator>
				<category><![CDATA[犬ごころ、人ごころ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7353</guid>
		<description><![CDATA[我が家の愛犬アンディが、近所に住む兄犬を預ったときに、勃発したカミツキ事件。詳細は前回を参照してもらうとして、なぜ仲よしの兄犬にいきなりかまれてしまったのか、事件の後、私と相棒の女性は、その原因を深く、深く考えた。そして [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_1.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_1.jpg" alt="" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-7354" /></a><br />
我が家の愛犬アンディが、近所に住む兄犬を預ったときに、勃発したカミツキ事件。詳細は前回を参照してもらうとして、なぜ仲よしの兄犬にいきなりかまれてしまったのか、事件の後、私と相棒の女性は、その原因を深く、深く考えた。そして次の４つのルートから原因を探っていった。<br />
それは<br />
　　　その１：もともと実は、あまり仲がよかったわけではなかった<br />
　　　その２：ひとりっ子と２頭飼いの違い<br />
　　　その３：それぞれの家の日常のライフスタイルと育て方の違い<br />
　　　その４：預かっていたときの兄犬の精神状態<br />
である。</p>
<p>そして私たちが得た結論は、シンプルに次のことだった。<br />
「兄犬は預けられている私たちの家を、自分の家と思ってしまうぐらいにリラックスし、そしてちょっと気に入らないことをしたアンディをかんでしまった」<br />
である。</p>
<p>両方とも未去勢の真性の雄犬である。だから、いくら昔から知り合いで一緒に遊んだり、多くの時間を共有してきた経験があっても、そこにはかならず対抗心が存在し、雄だからよけいに両者のあいだには上下関係づけの目に見えないせめぎ合いというものは避けられない。仲のよしあしの問題というよりも、そこはどちらのテリトリーでどちらが上なのかということが何よりも優先されるだろう。それを兄犬が的確に認識できていれば、今回のようなケースは起こらなかった。しかし、先程述べたように兄犬はここを自分の家と勘違いしてしまったため、鼻先が少し前に出ただけでアンディを襲ってしまったのだ。</p>
<p>では、なぜそうなったのだろうか、考えられる理由はいくつもある。まず、兄犬にとって自分の家に次いで我が家がなじみ深く、そして楽しい体験もたくさんしていて、さらに我々二人のことが大好きだということ、また、事件が起きたのが預けられた初日ではなく、３日目だということ、そのあいだ私たちも寂しいだろうからと兄犬をいつも以上にかわいがってしまったということ。そりゃ、ここは自分の城と勘違いしても仕方がないかなと反省しているほどである。<br />
<a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_2.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_2.jpg" alt="" width="540" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-7355" /></a><br />
また、パピーの頃、うちのアンディは兄弟のたちのなかでもほかの犬にいじめられる弱い立場で、その頃の記憶はおそらく兄犬の方にもあるから、そういう上下関係の認識が深層の部分で残っていたということもあるだろう。</p>
<p>さらにアンディには最初から先代のセナが我が家にはいて、２頭飼いの環境で育ってきているので、犬としての社会性は自ずと高いのだが、兄犬の方は、５人家族の家庭のなかで最初から１匹だけで育ってきているので、やはり甘えん坊でちょっとわがままで、精神的な幼さもまだ見受けられる犬だ。そのあたりも関係していると思われる。</p>
<p>そして、預かった頃は、兄犬が大好きな夏も終わり、家で留守番をする時間も多くなっていたみたいで、彼がはじける機会も少なく、ちょっとストレスがたまっていたかもしれない。そんな状態だったら、我が家が楽しくて、勘違いしても不思議ではないだろう。</p>
<p>冷静に振り返り、情報を総合的に分析してみれば、このようにさまざまな要因が思いつくのだが、兄犬を預かることも私たちにとっては日常に近いことなので、そのときは正直そこまで考えが回っていなかった。だから事件には驚いたし、兄犬の家も、周囲の犬仲間もみんな驚愕したのである。いくら慣れていても犬は犬であり、慣れている行動とはいえ、やっぱり犬は動物。油断は禁物ということを深く痛感させられたできごとだった。<br />
<a href="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_3jpg.jpg"><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/inuhito023_3jpg.jpg" alt="" width="540" height="405" class="aligncenter size-full wp-image-7356" /></a><br />
そして何よりも、咬まれてしまった愛犬のアンディには本当に申し訳ないことをしたと、二人で今でも心から詫びている次第である。</p>
<p>ごめんね、アンディ</p>
<p>※ところで、この年末年始に我が家にもう１匹家族が増えました。次回からはこのニューフェイスが頻繁に登場しますのでお楽しみに</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />治療のときにモデル犬だから丁寧にお願いしますと、獣医さんに強く言ったことが効を奏したのか、マズルの左側の咬まれた傷口はすっかり癒え、痕もわからないほどに回復。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />事件の後に兄犬と初めて再会したときは、こちらも少し緊張したが、取り越し苦労におわり、散歩で会うと相変わらずお互い張り合いながらも一緒に遊んでいる</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/inuhito/the-reason-that-has-been-bitted/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>第32回　食卓の弁護士</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/transborder-players/32-lawyer-on-the-table/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/transborder-players/32-lawyer-on-the-table/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 15 Jan 2012 00:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>窪田 暁</dc:creator>
				<category><![CDATA[野球＋越境する漂流者たち]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ドミニカ]]></category>
		<category><![CDATA[フィールドワーク]]></category>
		<category><![CDATA[人類学]]></category>
		<category><![CDATA[移民]]></category>
		<category><![CDATA[窪田暁]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7338</guid>
		<description><![CDATA[写真： 移民の食卓も守るアボカド。アメリカ、ペンシルバニア州にて 昼食至上主義 レイナの闘病生活がはじまって2年がたった。いちばんの変化は、昼食の献立から肉が消えたこと。治療費と薬代をひねりだすために食費が削られることに [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/wordpress-top/wp-content/uploads/2012/01/transborderplayers-032-01-540.jpg" alt="" title="transborderplayers-032-01-540" width="540" height="361" class="alignnone size-full wp-image-7340" /><br />
写真： 移民の食卓も守るアボカド。アメリカ、ペンシルバニア州にて</p>
<h4>昼食至上主義</h4>
<p><a href="/transborder-players/14-esperanza/">レイナの闘病生活</a>がはじまって2年がたった。いちばんの変化は、昼食の献立から肉が消えたこと。治療費と薬代をひねりだすために食費が削られることになったのだ。レイナは幼稚園の給食婦をしていたくらいだから、料理の腕には自信がある。自分の料理をおいしそうに食べる家族の姿を見るのがなによりの楽しみだった。それが昔なら鶏肉が盛られていた皿に、いまではスパゲティか生野菜が添えられているだけ。「こんなへんな料理で悪いね」と言いながらレイナが料理をとりわけてくれるのだが、本人が一番つらいことを知っているので返答に困ってしまう。</p>
<p>昼食の時間が近づくと、通りには胃袋を刺激するにおいが充満し、にわかに人の往来が激しくなる。職場から昼食を食べに帰る人たちや、母親からおつかいを頼まれた子どもたちだ。ドミニカの地方都市で定食屋をあまり見かけないのもうなずける。あるいは、旧宗主国であるスペインの影響がこんなところに残っているのだろうか。家族がそろって食事をとり、シエスタ（昼寝）を挟んで、ふたたび仕事に出向く。昼食が一日の中心という考えかたである。鶏かな？　魚かな？　頭のなかは今日の献立で一杯なのだろう、すれ違う人の表情もどこか明るい。</p>
<p><span id="more-7338"></span></p>
<p>朝食はパンやジャニケケ（小麦粉を水で溶いて揚げたもの）、夕食はバナナやユカを茹でたものと決まっているから、肉と米が中心の昼食が待ち遠しい。これほど楽しみにされると、母親たちも気合いが入るというものだ。別の場所に暮らす子どもがふらりとやってくるのにそなえて、人数分よりは多めにつくっておく。そうすれば、急な来客（昼の時間を狙って来る人も多い）にも対応できるし、家事を手伝ってくれるメイや隣人にも顔がたつ。母親がつくる昼食によって親子・親類・隣人同士がつながる、この生活スタイルを私は勝手に昼食至上主義と呼んでいる。</p>
<h4>ポージョ・ベルデ!!</h4>
<p>昼食至上主義の主役は鶏肉である。調理法はバラエティに富んでいる。揚げる、煮こむ、蒸し焼き、炊きこみ･･････いずれも骨ごと調理するので、ご飯によくあう濃厚な味つけになっている。頭以外は、全部食べ尽くす。ドミニカに来てはじめて首や足先の丸揚げを食べたが、はじめに淡白な肉の味がして、次に骨からしみでた甘みが口のなかにひろがり病みつきになった。</p>
<p>味もさることながら、鶏肉は、そのほかの家畜（山羊、牛、豚）にくらべて値段が安く、パティオ（裏庭）で簡単に飼育できることもあって、ながらく庶民の味方だった。それだけではない。クリスマスやセマナ・サンタ（聖週間：イースター）には、大量の鶏が絞められ人びとの口に入る。宗教行事に欠かせない食材としての顔もある。ところが、毎年のように物価があがり続けると、聖域であった鶏肉でさえ例外ではなくなった。鶏一羽の値段は、280ペソ（2011年2月現在：約600円）。3年前から50ペソの値上げである。</p>
<p>ある日、レイナが昼食の献立を決めかねていると、通りから「ポージョ・ベルデ!!　3つで2ペソだよ」とのかけ声が聞こえてきた。アグアカテ（アボカド）を売る声だ。メキシコ料理ですっかりお馴染みのアボカドは、中米が原産の果物である。ビタミンが豊富なうえに値段が安く、ドミニカでも昼食時にサラダ感覚で食されている。</p>
<p>そういえば、と、まだ病気をするまえのレイナが好んで使っていたジョークを思いだす。「3人の食べ盛りの子どもを育てていたころは、生活費が底をつくと、昼食は白米と豆の煮こみだけなんて日はざらにあったわ。肉なんて滅多に口にできなかった。でも、こうしていまでも生きていられるのは、弁護士が助けてくれたおかげよ」というもの。弁護士はスペイン語でアボガド。英語のアボカドとほぼ同じ発音であることからくる単純な語呂あわせなのだが、ドルに頼らなくてもよかった時代への郷愁をともない、笑いを誘う。</p>
<p>ようやく献立が決まった。白米にフアンドゥーレ（豆を煮こんだスープ）、それにアボカド。結局、この日も鶏肉を買うことはできなかった。苦肉の策ともいえる献立だが、ポージョ・ベルデは日本語で「緑の鶏」。思わずうなってしまった。苦しい自分たちの生活までもジョークに変えてしまう。毎日、家計をやりくりするのは苦しいに決まっている。手に入らないことを嘆くのではなく、受け入れる。だけどそこには、ユーモアがあったほうがいい。「緑の鶏」を食べながら、いつのまにか肩の力が抜けていく自分がいた。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/transborder-players/32-lawyer-on-the-table/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>煩悩即菩提</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/100-bonno-soku-bodai/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/100-bonno-soku-bodai/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 00:00:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>緒方しらべ</dc:creator>
				<category><![CDATA[d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから]]></category>
		<category><![CDATA[アフリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ナイジェリア]]></category>
		<category><![CDATA[フィールドワーク]]></category>
		<category><![CDATA[人類学]]></category>
		<category><![CDATA[緒方しらべ]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7321</guid>
		<description><![CDATA[d beauty of9ja――誰かに経験と思いを伝える文章を手紙以外で書いたのは、これがはじめてだった。本をろくに読まず、ボキャブラリーが貧困なわたしが、文章をとおして、人になにかを伝えようとしている。そうして過ごして [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/wordpress-top/wp-content/uploads/2011/12/dbeautyof9ja-100-200309-540.jpg" alt="2003年8月、イフェ　モダケケ地区のトインの下宿のまえにて" title="2003年8月、イフェ　モダケケ地区のトインの下宿のまえにて" width="358" height="540" class="aligncenter size-full wp-image-7326" /></p>
<p>d beauty of9ja――誰かに経験と思いを伝える文章を手紙以外で書いたのは、これがはじめてだった。本をろくに読まず、ボキャブラリーが貧困なわたしが、文章をとおして、人になにかを伝えようとしている。そうして過ごしてきたこの2年間が、信じ難くもある。</p>
<p><span id="more-7321"></span></p>
<p>中学生のころからミュージシャンになりたかった。音を奏でるイメージは、いまでも頭から離れない。歌うように、鳴らすように、伝えられたらいいのにと思っていたが、簡単じゃない。言葉を探し、文章をつなげ、活字で表現するということ。わたしを知らない誰かに伝えるため、目で見たこと、肌で感じたこと、脳裏に浮かぶものを書くことに思いのほか骨を折る。友だちに書く手紙なら、迷わず筆が進むはずなのに。目を見つめれば、きっといくらでも語りかけることができるだろうに……。</p>
<p>頑固であきらめの悪いわたしは、これから一体どれほど柔軟に、まっさらに、書いていくことができるのか。誰に頼まれるでもなく、なにかに追い立てられるわけでもない。無理して伝える必要なんてない。それでも伝えたい欲望がとまらないのは、伝えたいものをわたしにあたえてくれる人たちがいるからだと言ってしまうと、ずるいだろうか。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />2003年8月、大型の鉄鍋でジョロフ・ライスをつくるトイン。当時はまだデジタルカメラを使っておらず、数に限りのあるフィルムがなくなることを恐れ、「遊び」はインスタントカメラで撮っていた。「遊び」こそかけがえのない大切なものだとは知らずにいたころのことだ。この日は、大学で新入生歓迎会が開かれることになっており、幹事であったアミナは、歓迎会用の食事をつくるためにトインとわたしに手伝いを頼んだ。ナイジェリアの都市では、屋外でこのように料理するのは基本的に賄いの仕事をしている人のみで、料理はふだん屋内の台所でする。土曜日の午後、青空の下ではしゃぎながら、ふざけながら、必要のない味見を何度もしながらご飯を炊き、夕方無事に会場へ届けた。はじめての9ja滞在で苦しかった2か月半のなかで、たのしいと感じた数少ない日のひとつだった。<br />
&nbsp;<br />
この連載の第1回目は、トインの「出発」ではじめた。ここに写っている彼女の6年後の姿だった。100回目となる今回は、トインに出会ったころの写真のなかから、わたしが一番好きなこの写真を選んだ。2012年からは、更新曜日や頻度をふくめ、あたらしいスタイルで書きはじめたいと思っている。<br />
&nbsp;<br />
2003年8月、イフェ　モダケケ地区のトインの下宿のまえにて</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/100-bonno-soku-bodai/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>年末年始の営業についてのご案内</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/businessday-2011-2012/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/businessday-2011-2012/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 27 Dec 2011 09:15:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7319</guid>
		<description><![CDATA[平素より清水弘文堂書房をお引き立ていただきありがとうございます。年末年始の休業日を以下の通りとさせていただきます。 年末年始休業期間　12月28日（水）～1月4日（水） 年始は1月5日（木）より営業いたします。お客様には [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>平素より清水弘文堂書房をお引き立ていただきありがとうございます。年末年始の休業日を以下の通りとさせていただきます。</p>
<p><strong>年末年始休業期間</strong>　12月28日（水）～1月4日（水）</p>
<p>年始は1月5日（木）より営業いたします。お客様にはご不便をおかけしますが、ご了承下さいますようお願い申し上げます。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/information/businessday-2011-2012/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>本日24時より公式サイトのサーバ移転作業を行います</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/server-maintenance/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/server-maintenance/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 26 Dec 2011 09:00:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7311</guid>
		<description><![CDATA[平素より弊社書籍、ならびに弊社公式サイトをご愛顧いただきありがとうございます。 本日12/26日24:00（27日00:00）より、弊社公式サイトのサーバ移転作業を行います。およそ24時間ほどの間、一時的につながりにくい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>平素より弊社書籍、ならびに弊社公式サイトをご愛顧いただきありがとうございます。</p>
<p>本日12/26日24:00（27日00:00）より、弊社公式サイトのサーバ移転作業を行います。およそ24時間ほどの間、一時的につながりにくい状態になる可能性があります。万が一つながりにくくなった場合には、しばらくお時間を空けて再度お試しいただくようお願いいたします。</p>
<p>いつもご覧いただいている皆様にご迷惑をおかけいたしますが、作業中の障害がなるべく少なく済むよう作業につとめます。なにとぞよろしくお願い申し上げます。</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/information/server-maintenance/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>アートに生きる</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/99-live-the-art/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/99-live-the-art/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 24 Dec 2011 06:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>緒方しらべ</dc:creator>
				<category><![CDATA[d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから]]></category>
		<category><![CDATA[アフリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ナイジェリア]]></category>
		<category><![CDATA[フィールドワーク]]></category>
		<category><![CDATA[人類学]]></category>
		<category><![CDATA[緒方しらべ]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.shimizukobundo.com/?p=7306</guid>
		<description><![CDATA[人口約40万のイフェに、アーティストと呼ばれるひとたちは100～500人いるといわれている。そのうち66人と出会ったが、国内外で有名なアーティストはひとりかふたり、いるかいないか。 アーティストたちの作品を眺めてみる。面 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2011/12/dbeautyof9ja-100-20110907-540.jpg" alt="2008年9月7日　イフェ　モーレ地区のパパケイの自宅まえにて" title="2008年9月7日　イフェ　モーレ地区のパパケイの自宅まえにて" width="540" height="361" class="alignnone size-full wp-image-7307" /></p>
<p>人口約40万のイフェに、アーティストと呼ばれるひとたちは100～500人いるといわれている。そのうち66人と出会ったが、国内外で有名なアーティストはひとりかふたり、いるかいないか。</p>
<p><span id="more-7306"></span></p>
<p>アーティストたちの作品を眺めてみる。面白いものも面白くないものも、センスのよいものもよくないものも、丁寧なものも雑なものも、売れるものも売れないものも、色いろ、ある。</p>
<p>彼らの暮らしを訪ねてみる。6畳間のアパートで家族と住んでいる人、2階建ての家で車を2台所有している人、近所の人たちと冗談を言いあって笑っている人、目を閉じて祈っている人、さまざま、だ。</p>
<p>彼らの姿を見つめる。自らの才能を信じて夢をあきらめない人、荷を背負いすぎであっても胸に誇りを捨てない人、愚痴をこぼしては可能性を拾い集める人、黙って足で歩んで手を動かしつづける人……ただ、創ることをやめない人たちがそこにいる。</p>
<p>果てしないやるせなさと底なしの明るさを持ちあわせる彼らが、アートに生きている。その不条理を、原動力を、描こうとするわたしがここにいる。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />アーティストのパパケイ（中央）とその家族。わたしはイフェのアーティストたちを訪ね歩いてフィールドワークをおこなっている。つくり手や作品について知ろうとして気づくことは、つくり手がアートに出会いその技術を習得していくことや、作品に価値が見出されていくこと、そして、つくり手が家族をはじめとする周囲の人たちとつながりをもつことだ。その過程で、さまざまな闘争や交渉、それから、よろこびや悲しみ、不安や希望といった葛藤がつくり手のなかに、つくり手と周囲の人びととのあいだに生じる。そうして彼らがアートとともに人生を歩んでいることを、「アートに生きる」として、わたしはその様子を文化人類学において描きだそうとしている。<br />
2008年9月7日　イフェ　モーレ地区のパパケイの自宅まえにて</p>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/99-live-the-art/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

