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	<title>清水弘文堂</title>
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	<description>環境学、民俗学の学術書を提供する清水弘文堂の公式ウェブサイトです。</description>
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		<title>父さんと母さん</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 00:00:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから]]></category>
		<category><![CDATA[アフリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ナイジェリア]]></category>
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		<category><![CDATA[緒方しらべ]]></category>
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		<description><![CDATA[
「そうね、ポピシはモミシをすごく愛してたわ」
二女の大きな丸い目は、微笑みで細くなった。5年前、大学生だった彼女の下宿のテレビの上には、額縁に入れられたポピシの小さなモノクロ証明写真。いま、その写真は嫁ぎ先の家の鏡台に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2010/09/dbeautyof9ja-033-20100722-540.jpg" alt="アーティスト、パパケイの描くポピシとモミシ（ナイジェリア英語で、「父さんと母さん」の意）の肖像画。ラゴスの写真館で1976年に撮った、結婚してまもないころのふたりの写真を貸りて、それをもとに、パパケイに油彩で描いてもらった。ナイジェリアでは、アーティストに依頼して、肖像写真を肖像画にしてもらい、居間に飾ることがしばしば好まれる。贈りものとしても、価値の高いものとして喜ばれる。2010年7月22日、イフェ、モーレ地区のパパケイのアトリエにて。" title="アーティスト、パパケイの描くポピシとモミシ（ナイジェリア英語で、「父さんと母さん」の意）の肖像画。ラゴスの写真館で1976年に撮った、結婚してまもないころのふたりの写真を貸りて、それをもとに、パパケイに油彩で描いてもらった。ナイジェリアでは、アーティストに依頼して、肖像写真を肖像画にしてもらい、居間に飾ることがしばしば好まれる。贈りものとしても、価値の高いものとして喜ばれる。2010年7月22日、イフェ、モーレ地区のパパケイのアトリエにて。" width="540" height="361" class="alignnone size-full wp-image-4446" /></p>
<p>「そうね、ポピシはモミシをすごく愛してたわ」<br />
二女の大きな丸い目は、微笑みで細くなった。5年前、大学生だった彼女の下宿のテレビの上には、額縁に入れられたポピシの小さなモノクロ証明写真。いま、その写真は嫁ぎ先の家の鏡台に。</p>
<p><span id="more-4445"></span></p>
<p>「モミシはぼくたちをここまで育ててくれた。ぼくはモミシに幸せになってもらいたいから、サッカー選手になる夢をあきらめることができたんだ」<br />
そして二男はつぶやいた。<br />
「ポピシに会いたい……」<br />
涙でうるんだ目がろうそくの灯に照らされて、少年は下を向いた。</p>
<p>2000年、ポピシは仕事中に事故で亡くなった。モミシは煮こんだ豆を売りながら、ひとりで7人の子どもたちを育ててきた。</p>
<p>モミシの背なかを見てきた4人の娘たちは、明るく、たくましい女性になった。穏やかでけっしてどならない、やさしい3人の息子たちは、ポピシのようだとみんなが言う。触れられそうなくらいに、今でもここで、ふたりは見つめあっている。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />
アーティスト、パパケイの描くポピシとモミシ（ナイジェリア英語で、「父さんと母さん」の意）の肖像画。ラゴスの写真館で1976年に撮った、結婚してまもないころのふたりの写真を貸りて、それをもとに、パパケイに油彩で描いてもらった。ナイジェリアでは、アーティストに依頼して、肖像写真を肖像画にしてもらい、居間に飾ることがしばしば好まれる。贈りものとしても、価値の高いものとして喜ばれる。<br />
2010年7月22日、イフェ、モーレ地区のパパケイのアトリエにて。</p>
<hr />
<ul class="sticky-list">
<li><a href="/category/d-beauty-of-9ja/">連載一覧</a></li>
<li><a href="/d-beauty-of-9ja/nijeria-as-9ja/">「9ja」ことナイジェリア</a></li>
<li><a href="/d-beauty-of-9ja/00-prologue/">プロローグ</a></li>
</ul>
<hr />
<p><h3>著者紹介</h3>
<div class="author-profile">
	<p><img src="/image/portrait-ogatashirabe-01-240.jpg" alt="緒方しらべ" /></p>
	<p><strong>緒方しらべ （おがた・しらべ）</strong></p>
	<p>1980年島根県に生まれる。18歳まで福岡県で育つ。<a href="http://www.london.ac.uk/colleges_institutes" target="_blank">ロンドン大学</a>東洋アフリカ学院（<a href="http://www.soas.ac.uk/" target="_blank">SOAS</a>）にて学士課程をへて、2005年に同大学院修士課程を修了。2007年より、<a href="http://www.soken.ac.jp/" target="_blank">総合研究大学院大学</a>文化科学研究科にて博士後期課程に在籍。</p>
	<p>2003年以来ナイジェリアでフィールドワークに従事し、造形活動にたずさわる人びとをテーマに研究をおこなっている。</p>
</div>
</p>
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		</item>
		<item>
		<title>新刊本のご案内。園田幸朗著『三浦半島フィールドノート―野歩き・海遊びのススメ―』</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/staff-blog/sonoda-miurahanto-fieldnote/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/staff-blog/sonoda-miurahanto-fieldnote/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 01 Sep 2010 00:00:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hizuki</dc:creator>
				<category><![CDATA[清水弘文堂書房のその日、その月]]></category>
		<category><![CDATA[三崎]]></category>
		<category><![CDATA[三浦半島フィールドノート]]></category>
		<category><![CDATA[園田幸朗]]></category>
		<category><![CDATA[生物多様性]]></category>
		<category><![CDATA[自然観察]]></category>
		<category><![CDATA[葉山]]></category>
		<category><![CDATA[逗子]]></category>
		<category><![CDATA[鎌倉]]></category>

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		<description><![CDATA[9月になりました。海水浴客も落ち着き、海辺は静謐な時間を取り戻しつつあります。少し暑さがやわらいだら、ゆっくり山歩きをしよう、波打ち際を散歩してみよう、そのようにお考えの人も多いのではないでしょうか。そんな人にうってつけ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>9月になりました。海水浴客も落ち着き、海辺は静謐な時間を取り戻しつつあります。少し暑さがやわらいだら、ゆっくり山歩きをしよう、波打ち際を散歩してみよう、そのようにお考えの人も多いのではないでしょうか。そんな人にうってつけの本を海辺の町の編集室から秋の新刊本第2弾としてご案内です。</p>
<p>園田幸朗著『三浦半島フィールドノート―野歩き・海遊びのススメ―』。本書は、朝日新聞の折り込みの形で、神奈川県の湘南・三浦半島エリアのイベント、グルメから歴史まで幅広い情報を掲載していた月刊タウン情報誌「朝日アベニュー」2003年7月号から2009年9月号に掲載された「野遊び あれこれ」（文・イラスト：園田幸朗）をもとに、未発表の原稿も加えて編集したものです。</p>
<p>生きもの、植物の不思議、自然の神秘を園田さんご自身がお描きになったイラストともに紹介しています。たとえば、以下のようなことって不思議に思いませんか？</p>
<p><span id="more-4440"></span></p>
<p>クラゲに変身するイソギンチャク？<br />
動けない生きもの（海藻など）ってどうやって生きているの？<br />
ウラシマソウって浦島太郎から名づけられた？<br />
植物が化粧するって本当？<br />
雑草って本当に強いの？<br />
満潮って何時？<br />
手つかずの自然てどういうの？<br />
穴が好きなカイ？</p>
<p>著者の園田幸朗さんは理科の教職員を自主退職した後、ナチュラリスト、三浦半島の自然観察会講師などを務められておりました。残念ながら2009年11月に76歳でご逝去されましたが、今回奥さまのご意向により、弊社より刊行することになりました。</p>
<p>子どもから大人まで読みやすく、楽しめる1冊になっています。鎌倉・逗子・葉山・三崎探訪必携の1冊！　秋は本書を持って、三浦半島の里山・里海新発見の旅に出かけませんか？</p>
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		</item>
		<item>
		<title>近刊情報（2010年9月）</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/forthcoming-201009/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/forthcoming-201009/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 31 Aug 2010 00:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>

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		<description><![CDATA[清水弘文堂書房は9月に2冊の新刊を発売いたします。
『においとかおりと環境　―嗅覚とにおい問題―』
アサヒ・エコ・ブックス 28

著者
岩崎好陽 著
価格
税込 1680円（本体 1600円）
ISBN
978-4-8 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>清水弘文堂書房は9月に2冊の新刊を発売いたします。</p>
<p><strong>『においとかおりと環境　―嗅覚とにおい問題―』</strong><br />
アサヒ・エコ・ブックス 28</p>
<dl>
<dt>著者</dt>
<dd>岩崎好陽 著</dd>
<dt>価格</dt>
<dd>税込 1680円（本体 1600円）</dd>
<dt>ISBN</dt>
<dd>978-4-87950-597-2 C0040</dd>
<dt>発行</dt>
<dd>アサヒビール株式会社</dd>
</dl>
<p><strong>『三浦半島フィールドノート　―野歩き・海遊びのススメ―』</strong></p>
<dl>
<dt>著者</dt>
<dd>園田幸朗</dd>
<dt>価格</dt>
<dd>税込 1300円（本体 1238円）</dd>
<dt>ISBN</dt>
<dd>978-4-87950-598-9 C0045</dd>
</dl>
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		</item>
		<item>
		<title>サッカーをとおした地域交流の可能性</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/sometime-somewhere/06-football-fever/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/sometime-somewhere/06-football-fever/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 00:00:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[いつか、どこかへ ドォッカーデー]]></category>
		<category><![CDATA[タイ]]></category>
		<category><![CDATA[ビルマ]]></category>
		<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[久保忠行]]></category>
		<category><![CDATA[紛争]]></category>
		<category><![CDATA[難民]]></category>

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		<description><![CDATA[
写真： サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や「抵抗記念日」、伝統的な祭事のエンターテイメントとして行われている。&#8221; title=&#8221;サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="/wordpress-top/wp-content/uploads/2010/08/stsw-06-20100710-540.jpg" alt="サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や「抵抗記念日」、伝統的な祭事のエンターテイメントとして行われている。" title="サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や「抵抗記念日」、伝統的な祭事のエンターテイメントとして行われている。" width="540" height="405" class="alignnone size-full wp-image-4417" /><br />
写真： サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や「抵抗記念日」、伝統的な祭事のエンターテイメントとして行われている。&#8221; title=&#8221;サッカーやバレーボール大会は、「ナショナルデー」や「抵抗記念日」、伝統的な祭事のエンターテイメントとして行われている。</p>
<h4>サッカー熱</h4>
<p>4年に一度のサッカーの祭典、ワールドカップ。きっと、難民キャンプではライブ映像では観られないが、盛り上がりをみせていたに違いない。</p>
<p>難民の情報源となるビルマ語の新聞や雑誌（なかには英語もある）のトピックで、とくに若い男性が関心を寄せるのは、サッカーのヨーロッパリーグに関する記事である。</p>
<p>熱狂的なサッカー好きは、筆者よりもヨーロッパのサッカー事情や選手に詳しい。ベッカムのここが優れているとか、ロナウジーニョがいるからこのチームは強いとか、熱っぽく語ってくれる。彼らがサッカーについて詳しくなったのは、難民キャンプにたどり着いてからである。</p>
<p><span id="more-4415"></span></p>
<p>アーセナルを愛してやまないガブリさん（仮名）もまた、キャンプにきてから、テレビや新聞、雑誌でヨーロッパのサッカーリーグや選手にのめりこんでいった。タイやビルマのサッカーはレベルが低いので、まったく興味がないという。彼が、アーセナルを応援するのは、若いころから選手を育成するチームの精神に賛同するからだ（私はアーセナルのことは知らないが、彼はそう言っている）。</p>
<p>若者には、基本的に仕事がない。仕事にありつけたとしても、ひたすら資料をタイピングしたり、NGOの下働きといった雑用しかまわってこないと彼は言う。だから、仕事にやりがいを感じない。こうした現実が、若い世代を育成するチームを応援するひとつのきっかけになっているようだ。</p>
<h4>難民と地域社会の関係</h4>
<p>ところで、スポーツは、若い世代の楽しみのひとつである。毎年開催される伝統行事や、「ナショナルデー」などの記念日には、かならずサッカー大会、バレーボール大会、レスリング大会が開催される。また年に一度、キャンプの難民チーム、キャンプのセキュリティのチーム、キャンプ周辺村のチームが総当たりとなるサッカー大会が開催される。</p>
<p>サッカー大会は、若い世代がキャンプのセキュリティや地域社会と積極的に交流する数少ない機会である。というのも、難民をバカにするセキュリティの横柄な態度や女性問題から、両者の関係は必ずしも良好ではないからだ。また、日常的に難民はキャンプの周辺村で、季節労働者として就労することで現金を得ているが、問題がないわけではない。キャンプ外での就労は違法なので、弱い立場にある難民は搾取されやすく、給料の未払いでもめることもある。これとは別の理由で、若者は周辺村では働きたがらない。それは、教育があるのに肉体労働につくことは「ださいこと」と考えられており、働く姿を見られたくないと思っているからである <sup><a href="#footnote-01" name="footnote-id-01">[1]</a></sup> 。</p>
<p>このような断絶（もちろん、これは難民と地域社会の関係の一面にすぎない）の側面に焦点をあてると、スポーツは、国境や民族をこえた「つながり」の契機となるのだろうか。</p>
<p><a name="footnote-01">注1</a>： 日本政府は第三国定住という難民支援制度で、カレン難民5家族27人を呼び寄せる。その第一陣が、9月28日に来日する。半年間、言語や生活習慣を学んだ後に定住生活を開始するが、具体策はまだ明らかではない。「カレンはもともと農民だったから」という理由で、農業をすればよいのではないかという案が関係者から出されていたようである。しかし、肉体労働ではなく知的労働を望む若い世代の希望を踏まえれば、「農業による定住」案は、拙速に過ぎるといえるだろう。 [ <a href="#footnote-id-01">↑</a> ]</p>
<p>（毎月15・30日更新）</p>
<hr />
<p><h3>著者紹介</h3>
<div class="author-profile">
	<p><img src="/image/portrait-kubotadayuki-01-240.jpg" alt="久保忠行" /></p>
	<p><strong>久保忠行 （くぼ・ただゆき）</strong></p>
	<p>1980年、兵庫県に生まれる。2003年、<a href="http://www.osakafu-u.ac.jp/" target="_blank">大阪府立大学</a>総合科学部人間科学科を卒業。同年から<a href="http://www.kobe-u.ac.jp/" target="_blank">神戸大学</a>大学院総合人間科学研究科へ進学。2006年に修士課程を修了し、現在、同大学院博士後期課程に在籍中。タイ・ビルマ国境地域にて、難民に関する人類学的な研究に取り組んでいる。</p>
	<p>おもな業績に、「ビルマの『国民和解』に関する予備的考察―カレンニー社会から」、（『神戸文化人類学研究』、第2号、2008年）、「タイの難民政策――ビルマ（ミャンマー）難民への対応から」（『<a href="http://thai.chiiki.tsukuba.ac.jp/Journal" target="_blank">タイ研究</a>』、第9号、2009年）、「難民の人類学的研究にむけて――難民キャンプの事例を用いて」（『文化人類学』第75号第1巻、2010年）などがある。</p>
</div>
</p>
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		</item>
		<item>
		<title>ソーシャルな関係とは？（後編）</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/ic/thoughts_on_social_relationships_2/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/ic/thoughts_on_social_relationships_2/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 00:00:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yt</dc:creator>
				<category><![CDATA[一人企業]]></category>
		<category><![CDATA[高橋雄介]]></category>

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		<description><![CDATA[今回は、前回に引き続き、研究に関する話を離れて、「ソーシャルな関係」についての考察を進めたいと思います。
リアルとソーシャルの融合への過渡期
現実世界にはさまざまな制約がある一方で、サイバースペース上では比較的制約が少な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今回は、前回に引き続き、研究に関する話を離れて、「ソーシャルな関係」についての考察を進めたいと思います。<span id="more-4390"></span></p>
<h4>リアルとソーシャルの融合への過渡期</h4>
<p>現実世界にはさまざまな制約がある一方で、サイバースペース上では比較的制約が少ないため、これまでには考えつくことができなかった多様なソーシャル関係を定義することができる可能性を秘めています。</p>
<p>その一方で、現状として、新しいソーシャルグラフは、まだまだ未開拓な状態にあるようです。リンクしたり、フォローしたり、シェアしたりしている現状について、その次にどんなソーシャル関係を定義できるかが、これから多くの人たちにとっての知恵の絞りどころになるのではないでしょうか。どのような新しいソーシャルメディアを創るかという話題から、既存のソーシャルグラフを用いてどのような価値のある分析や可視化ができるのかといった話題まであるはずです。その価値には、経済的、商業的な価値以外にも、楽しくなるような価値や、誰かを幸せにするような価値も創っていくことができます。</p>
<p>GoogleやAppleはぼくらが扱う情報をクラウド上でデジタル化するのを手伝ってくれました。TwitterやFacebook、LinkedInといったソーシャルメディアはぼくら自身に関する情報とほかのユーザとのリンク関係をクラウド上でつくってくれました。</p>
<p>しかし、ぼくら自身とそのまわりの情報のデジタル化と、その情報間でのソーシャル化は、これからくるソーシャル時代の基盤でしかなくて、依然として、一番原子的な機能しか提供されていないのではないかと思います（最近、Twitter上に新しく<a href="http://twitter.com/aerodynamics/status/21383861128">ソーシャルグラフの簡単な分析機能</a>がデフォルトで表示されるようになりました）。では、その次にはなにがあるのでしょう？　</p>
<h4>一人企業時代のソーシャル関係には無限の可能性がある</h4>
<p>現実世界の社会関係には制約がたくさんあります。しかし、そういった制約から自由になったはずのバーチャルなソーシャル関係には、まだまだ未開拓な荒野がひろがっています。</p>
<p>筆者の理解では、現状としては、制約のないなかにありながら新しい多様な可能性の模索もまだ十分になされておらず、同時に視点を変えてみると、現実世界の優れた社会関係のあり方のほとんどが再現できていないように思います。この、ソーシャルという分野は、まだまだ大きな可能性があるのです。</p>
<p>ぼくらの挑戦は、これを加工したり、編集したり、つなげたり、分類したり、類推したりといった、いろいろなことを自由に試しながら走りつづけることです。</p>
<p>ひとつの方向性を示している例として、あえて制約の少ないソーシャルグラフ上に現実世界の制約を導入することで、新しい価値を生み出している試みがいくつかあります。<a href="http://foursquare.com/">Foursquare</a>は自由ななかにあえて位置情報という制約を与えることでさまざまな可能性を示している、位置情報に基づいたソーシャルメディアです[<a href="http://foursquare.com/">1</a>]。<a href="http://www.groupon.com/">Groupon</a>に代表されるフラッシュマーケティングと呼ばれる手法では、時間的な制約を与えることでモノや情報やサービスの価値を高めています[<a href="http://www.groupon.com/">2</a>]。</p>
<h4>ソーシャルグラフにどんな意味を見いだすか</h4>
<p>ソーシャルグラフ自体は、ノードとアークのある<a href="http://www.google.co.jp/images?hl=ja&amp;q=重み付き有向グラフ">重み付きの有向グラフ</a>（無向グラフの場合もある）でしかありません。すなわち、グラフ構造のデータであるという以上には、なんの価値も意味もありません。</p>
<p>しかし、そこに（まずは現実世界の社会関係をお手本にしながら）さまざまな意味を付与していくことができれば、新しいソーシャルグラフに多様な意味や価値を定義することができます。ここにこそ、筆者のようなデータベースの専門家、すなわち、現実世界とサイバースペースを効果的に変換したり関連づけたりする専門家の重要な社会的な役割があると信じています。</p>
<p>Twitter上で、たんに「フォローする」という行為も、その人の興味や指向性をユーザのアカウントに紐づけて形式化するという意味で、現実世界では、地域の図書館で偶然すれ違った友人が借りようとしている書籍に触発されて、同じものを購入するのと同じ状況をつくり出しているといえます。</p>
<p>逆に、「フォローされる」ということは、反対の立場で考えてみれば、その人の影響力の届く範囲をユーザのアカウントのリストで表現したものということができます。つまり、それは、現実世界において属している個別の関係のコミュニティのなかで、たとえば家庭、学校のクラス、職場、スポーツのチームといったコミュニティにおける人間関係の相互作用を一方の視点から明示的に示したものであるといえます。</p>
<p>偶然職場を訪問していた人があなたが楽しそうに仕事をしているのに感銘を受けるかもしれません。下馬評を覆して勝ち進んだサッカーの決勝戦で偶然対戦することになった相手チームの選手のテクニックに触発されて、人生を変えるような地道なトレーニングの習慣が身につくかもしれません。</p>
<p>これからのソーシャルな関係は、たんにフォローしたり、シェアしたりするだけではなく、現実世界で長い年月をかけて培ってきた多様な社会関係を、そのままの形で上手に活かしたり、それよりも優れた方法で定義し直したりしていくことで、みなさんの生活や人生を大きく変える可能性を秘めていると信じています。</p>
<h4>参考文献</h4>
<ol>
<li>[1] Foursquare, <a href="http://foursquare.com/">http://foursquare.com/</a>.</li>
<li>[2] Groupon, <a href="http://www.groupon.com/">http://www.groupon.com/</a>.</li>
</ol>
<hr />
<p><h3>著者紹介</h3>
<div class="author-profile">
	<p><img src="/image/portrait-takahashiyusuke-320x200.png" alt="高橋雄介" /></p>
	<p><strong>高橋雄介 （たかはし・ゆうすけ）</strong></p>
	<p>1980年生まれ。2003年<a href="http://www.keio.ac.jp/index-jp.html" target="_blank">慶應義塾大学</a><a href="http://www.sfc.keio.ac.jp/academics/undergraduate/pm/outline.html" target="_blank">総合政策学部</a>卒業、2005年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2008年同大学院後期博士課程単位取得退学。博士（政策・メディア）。2005年より同大学院研究員として、知識ベースシステム、マルチデータベース、ビジュアリゼーション、教育およびキャリア開発におけるデータベース利用に関する研究開発に従事（～2009年）。専門は、データベース、知識ベース、マルチメディアデータベースとその応用。</p>
	<p>現在、大学で講師をする傍ら、ライフワークとして取り組んでいる「個人を中心とした生き方や働き方」について、サイエンス、テクノロジー、ビジネスの各面から探求中。</p>
	<p><a href="http://www.ipsj.or.jp/" target="_blank">情報処理学会</a>、<a href="http://www.dbsj.org/" target="_blank">日本データベース学会</a>、<a href="http://www.jset.gr.jp/" target="_blank">日本教育工学会</a>会員。</p>
</div>
</p>
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		<title>染みた果汁</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/d-beauty-of-9ja/32-sinking-juice/</link>
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		<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 00:00:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから]]></category>
		<category><![CDATA[アフリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ナイジェリア]]></category>
		<category><![CDATA[フィールドワーク]]></category>
		<category><![CDATA[緒方しらべ]]></category>
		<category><![CDATA[美術]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>

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		<description><![CDATA[
どうしようもないえぐみが、びりびりと舌にくる。
「（中国語をまねて）チンコー！　チンチョン！」もうやめて。「男か？　女か？」そんなにじろじろひとの体を見んでって。「今日はなにを持ってきてくれたの？」毎回持ってこれるわけ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2010/08/dbeautyof9ja-032-20090125-540.jpg" alt="乾季の深まる1月から3月が旬の果物、カシュ。えぐみが強く、同時にハチミツのように甘い。果汁が「「服にた垂れないよう」」気をつけながら、、まる丸かじりして食べる。うすみどり色のへたを煎ると、割ってなか中からででてくるナッツ（カシュナッツ）も食べることができる。2009年1月25日、イフェ、モダケケ地区の下宿にて" title="乾季の深まる1月から3月が旬の果物、カシュ。えぐみが強く、同時にハチミツのように甘い。果汁が「「服にた垂れないよう」」気をつけながら、、まる丸かじりして食べる。うすみどり色のへたを煎ると、割ってなか中からででてくるナッツ（カシュナッツ）も食べることができる。2009年1月25日、イフェ、モダケケ地区の下宿にて" width="540" height="361" class="alignnone size-full wp-image-4412" /></p>
<p>どうしようもないえぐみが、びりびりと舌にくる。<br />
「（中国語をまねて）チンコー！　チンチョン！」もうやめて。「男か？　女か？」そんなにじろじろひとの体を見んでって。「今日はなにを持ってきてくれたの？」毎回持ってこれるわけなかろうもん。「オロリブルクッ（腐った頭）！　ぼーっと歩いてんじゃねぇぞっ」そっちがバイクで蠅みたいに飛び交うけんやろ。ああもう、血がでてきたやん。</p>
<p><span id="more-4409"></span></p>
<p>そして信じられないほどに甘い果汁が、その舌を覆う。<br />
「疲れたでしょう、ゆっくり休むのよ」帰り道、魚屋のおばさんがかけてくれるいつもの声。「ペレオー（大丈夫？　痛かったでしょう）」でこぼこ道を行くバスのなか、窓で頭を強くぶつけた瞬間、乗客全員が振り返ってそう言ってくれた。あってないような約束の日時――アフリカン・タイム。それを毎回守り、ばかを見るわたしに、「ごめんね」を素直に言える、ナイジェリアの人びと。</p>
<p>「酸が強いから食べ過ぎないように」<br />
と言われるけれど、やめられない。かじるとたれる強烈にえぐくて最高に甘い果汁は、服につくと、洗ってもとれない。それを味わった人たちが、 9ja から離れられないかのように。</p>
<p class="naija-caption"><strong>Photo</strong><br />
乾季の深まる1月から3月が旬の果物、カシュ。えぐみが強く、同時にハチミツのように甘い。果汁が「服にたれないよう」気をつけながら、まるかじりして食べる。うすみどり色のへたを煎ると、割ってなかからでてくるカシュナッツも食べることができる。<br />
2009年1月25日、イフェ、モダケケ地区の下宿にて</p>
<hr />
<ul class="sticky-list">
<li><a href="/category/d-beauty-of-9ja/">連載一覧</a></li>
<li><a href="/d-beauty-of-9ja/nijeria-as-9ja/">「9ja」ことナイジェリア</a></li>
<li><a href="/d-beauty-of-9ja/00-prologue/">プロローグ</a></li>
</ul>
<hr />
<p><h3>著者紹介</h3>
<div class="author-profile">
	<p><img src="/image/portrait-ogatashirabe-01-240.jpg" alt="緒方しらべ" /></p>
	<p><strong>緒方しらべ （おがた・しらべ）</strong></p>
	<p>1980年島根県に生まれる。18歳まで福岡県で育つ。<a href="http://www.london.ac.uk/colleges_institutes" target="_blank">ロンドン大学</a>東洋アフリカ学院（<a href="http://www.soas.ac.uk/" target="_blank">SOAS</a>）にて学士課程をへて、2005年に同大学院修士課程を修了。2007年より、<a href="http://www.soken.ac.jp/" target="_blank">総合研究大学院大学</a>文化科学研究科にて博士後期課程に在籍。</p>
	<p>2003年以来ナイジェリアでフィールドワークに従事し、造形活動にたずさわる人びとをテーマに研究をおこなっている。</p>
</div>
</p>
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		</item>
		<item>
		<title>新刊本のご案内。岩崎好陽著『においとかおりと環境―嗅覚とにおい問題―』</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/staff-blog/iwasaki-nioi-kaori-kankyo/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/staff-blog/iwasaki-nioi-kaori-kankyo/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 10:11:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>hizuki</dc:creator>
				<category><![CDATA[清水弘文堂書房のその日、その月]]></category>
		<category><![CDATA[においとかおりと環境]]></category>
		<category><![CDATA[アサヒ・エコ・ブックス]]></category>
		<category><![CDATA[嗅覚]]></category>
		<category><![CDATA[岩崎好陽]]></category>

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		<description><![CDATA[窓を開けると、心地よい風と波音と秋虫の鳴き声。海辺の町の海の家も、8月29日（日）で営業終了。昨日は夕焼けにきれいな富士山が見えました。そして、富士山をバックに盛大な花火大会。夏の終わり……のはずなのに、なんなのでしょう [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>窓を開けると、心地よい風と波音と秋虫の鳴き声。海辺の町の海の家も、8月29日（日）で営業終了。昨日は夕焼けにきれいな富士山が見えました。そして、富士山をバックに盛大な花火大会。夏の終わり……のはずなのに、なんなのでしょうね、この暑さは。もう少しこの暑さをこらえながら、仕事と思考のペースをあげなければなりません。</p>
<p>さて、新刊本のご案内です。社団法人におい・かおり環境協会会長の岩崎好陽さんの『においとかおりと環境―嗅覚とにおい問題―』がAsahi EcoBooks28として、9月末日に発刊予定です。著者は環境省かおり風景100選選考委員会座長なども務めていた、におい・かおり問題のスペシャリスト。</p>
<p>視覚、聴覚、味覚、触覚と並んでにおいを感じる嗅覚は5感のひとつでありながら、なんだかないがしろにされていませんか。生まれ育つ環境によっても、嗅覚は違うらしい。日本人も、ヨーロッパ人も、カナダ極北地方の先住民イヌイットも、それぞれ好みのかおりと嫌いなにおいがある。わたしたちでも、山のにおいが好きな人がいれば、海のにおいが好きな人もいる。東京都神田の古書街のかおりが好きな人もいれば、京都府伏見の酒蔵のかおりが好きな人もいるし、沖縄県竹富島のかおりを嗅いで、心安らぐ人もいる。これって不思議に思いませんか？</p>
<p>嗅覚の謎からにおい問題の解決策、そして、よりよいかおり環境社会の創造へと情報満載の1冊です。9月末に書店店頭に並ぶ予定です。どうぞお楽しみに！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>テレビ朝日データビジョン「聞こえます心の音が…」にて『気候変動列島ウォッチ』が紹介されました</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/tadv-20100816/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/tadv-20100816/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 04:15:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>
		<category><![CDATA[メディア掲載情報]]></category>

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		<description><![CDATA[テレビ朝日データビジョンの文字放送番組「聞こえます心の音が…」2010年8月16日放送回で、『気候変動列島ウォッチ』を紹介していただきました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.tadv.jp/" target="_blank">テレビ朝日データビジョン</a>の文字放送番組「聞こえます心の音が…」<a href="http://www.tadv.jp/b-free/web-pre1008c.htm" target="_blank">2010年8月16日放送回</a>で、『気候変動列島ウォッチ』を紹介していただきました。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>『土壌の物理性』115号に『地球変動研究の最前線を訪ねる』書評が掲載されました</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/information/soil-physics-115/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/information/soil-physics-115/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 04:00:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[おしらせ]]></category>
		<category><![CDATA[メディア掲載情報]]></category>

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		<description><![CDATA[土壌物理学会の学会誌『土壌の物理性』115号に『地球変動研究の最前線を訪ねる』の書評を掲載していただきました。
評者は長谷川周一教授（北海道大学大学院農学研究院）。「環境問題の入門書として概要を知るには格好の教科書である [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>土壌物理学会の学会誌『土壌の物理性』115号に『地球変動研究の最前線を訪ねる』の書評を掲載していただきました。</p>
<p>評者は長谷川周一教授（北海道大学大学院農学研究院）。「環境問題の入門書として概要を知るには格好の教科書である」として下さっています。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>第14回　エスペランサ―希望の虫―</title>
		<link>http://www.shimizukobundo.com/transborder-players/14-esperanza/</link>
		<comments>http://www.shimizukobundo.com/transborder-players/14-esperanza/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 22 Aug 2010 00:00:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>staff</dc:creator>
				<category><![CDATA[野球＋越境する漂流者たち]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ドミニカ]]></category>
		<category><![CDATA[フィールドワーク]]></category>
		<category><![CDATA[人類学]]></category>
		<category><![CDATA[移民]]></category>
		<category><![CDATA[窪田暁]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>

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		<description><![CDATA[
写真： 退院後、ジーシーと聖書を眺めるレイナ。ドミニカ共和国、バニ市にて
母の入院
2メートル近い長身で100キロを超える大男のジョニーが泣くのをはじめてみたのは、母親のレイナが肺がんに侵されているのを知ったときだった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.shimizukobundo.com/wordpress-top/wp-content/uploads/2010/08/transborderplayers-014-01-540.jpg" alt="退院後、ジーシーと聖書を眺めるレイナ。ドミニカ共和国、バニ市にて" title="退院後、ジーシーと聖書を眺めるレイナ。ドミニカ共和国、バニ市にて" width="540" height="361" class="alignnone size-full wp-image-4362" /><br />
写真： 退院後、ジーシーと聖書を眺めるレイナ。ドミニカ共和国、バニ市にて</p>
<h4>母の入院</h4>
<p>2メートル近い長身で100キロを超える大男のジョニーが泣くのをはじめてみたのは、母親のレイナが肺がんに侵されているのを知ったときだった。1年くらい前から、ときおりレイナが「最近右足のつけ根に痛みが走ることがあってね」とこぼすようになっていた。それでも笑顔で話す口振りに、家族の誰もが深刻には受け止めていなかった。</p>
<p>山奥の村で生まれ育ち、一度はハリケーンで家を失いながらも、新しいバリオで3人の子どもを育てあげたレイナにとって、これぐらいのことは気にも留めていないようだった。しかし、次第に米を受けつけなくなり、日増しに痩せていく姿を見て、心配は確信へと変わった。今にして思えば、1年前からすでに病が彼女の身体を蝕みはじめていたのであろう。大好きだった幼稚園の給食婦の仕事を休み、毎晩のように教会に通うようになったとき、ついに夫のラファエルは金策に走り、首都の病院で検診を受けさせる決断をした。</p>
<p><span id="more-4361"></span></p>
<h4>母のいない食卓</h4>
<p>その日、私はジョニーと一緒に家で留守番をすることになっていた。レイナが入院してから、2人の孫はそれぞれ、同じバリオにあるもうひとりの祖母の家に預けられた。子どもの相手をする必要もなく、これといってすることのない私たちは、バリオの誰かの噂話などたわいもない話をしながら、時間を過ごしていた。</p>
<p>いつもならレイナの妹であるメルセデスが食事を届けてくれる昼ごろになっても、誰もやってこない。それもそのはずで、彼女はレイナの身の回りの世話をするために、昨日から病院でつき添っているのだった。ジョニーが、「なにを食べたい？」と聞いてきた。彼は母親が料理をつくるのをそばで見ながら育ったので、ひととおりの家庭料理ならつくることができるのだ。それでは、ということで私は一般的なドミニカ料理である、ロ・クリオと呼ばれる炊きこみご飯をリクエストした。近所のコルマドに材料を買いにいくのは私の仕事だ。道中、向かいの家に住むジーシーからレイナの容態をたずねられるも、検査中としか答えられない。ジーシーが男だけしか家にいないことを案じて、「あなたたちの分もつくるから」と言ってくれる。ジョニーがつくることを伝えると興味をそそられたのか、家までやってきて、ジョニーに材料はこれを使えだの、やれサソン（自家製の調味料）はあるのか、などとお節介を焼きはじめる。結局、ジーシーの家族の分までジョニーがつくることになった。</p>
<h4>大粒の涙</h4>
<p>なんとか料理が完成し、ジーシーの息子も加わり昼食がはじまった。料理が予想以上においしいことに驚きながら、「夜も俺がつくるから」となんとも楽しげな表情を浮かべるジョニーを微笑ましく眺めていた。そんな穏やかな空気を一変させたのは、父親のラファエルからの電話。短いやりとりの後、受話器を置いて腰掛けたジョニーは、私たちに向かって「ママは肺がんだった」とつぶやくと、大粒の涙をこぼしたのだった。</p>
<p>あまりに唐突すぎる報せにジーシーと私は戸惑ってしまい、涙にむせぶジョニーをなぐさめることもできない。まだ幼いジーシーの息子は、起きていることの意味もわからずに、ただスプーンでご飯をいじっている。そのたびに窓から差しこむ光が反射して壁にスプーンの形を浮かびあがらせた。食器を片づけ、残ったご飯をプラスティックの容器に移しかえるとほかにすることもなくなってしまった。いたたまれなくなった私はパティオに出て、いつもと変わらない空の色を眺めながら煙草をたてつづけに2本吸った。<br />
遠くからジョニーの嗚咽だけがいつまでも聞こえていた……。</p>
<h4>それぞれの思い</h4>
<p>翌朝、パティオには聖書に目を落とすラファエルの姿があった。私がこの家に暮らすようになってはじめてではないだろうか。昨夜、夜遅くに帰ってくると、「入院費が高すぎるからいつまでも入院させることができない」とこぼしていた。やりきれない思いが祈りにむかわせたのか。そんなことを考えていた私を混乱させたのは、夕方近くに野球のユニフォームに着替える彼の姿だった。「ソフトボールのリーグ戦が今日からはじまるから」となんのてらいもなく言うのである。私は耳を疑った。こんな日にも野球をしようとする気持ちがわからない。しかし、「こんなときによく野球なんかできるな」という言葉をなんとか押しとどめたのは、今朝の光景が頭に残っていたからだった。</p>
<p>窓から西日が差しこむころになって、ようやく部屋にこもっていたジョニーが顔をみせた。私を椅子に座らせると、開口一番「俺、ニューヨークに行くわ」と告げた。どんな仕事も長続きのしない彼の言葉に、即座には真意を測りかねた。近所の誰かがアメリカに渡った話にもさして興味を示さなかった男が、である。曰く、父親が漏らした入院費のことをあれからずっと考えていたとのこと。そう話す表情からは、揺るがぬ覚悟が伝わってきた。</p>
<p>3日後、マジンバ（豪放な性格の人）として近所ではとおっているメルセデスが、すっかりやつれて帰ってきた。聞けば病院のまわりの食堂はおいしくないうえに、日頃食べているのと同じような料理にお金を払ってまで食べる気もしないから、病院の前の屋台でエンパナーダを買って済ますことが多かったとのこと。でも本当は、大好きな姉のはじめての大病をまえに、食欲などわかなかったのだとおもうと胸が熱くなった。</p>
<h4>希望の虫</h4>
<p>その日は、レイナの病状が安定したこと、子どもたちがこちらの家に帰ってきたこともあって、ひさしぶりに、にぎやかな話し声が午後の日差しのなかに溢れていた。子どもたちが鶏小屋の壁をはう一匹のカマキリを見つけた。こちらではあまり見かけない虫である。と、その瞬間、メルセデスが「捕ったらダメ！」と強い口調で子どもたちを制したのだ。腑に落ちない表情の子どもたちと私に、「この虫はエスペランサと呼ぶのよ」と教えてくれた。日本語で「希望」。</p>
<p>思わぬ注目を集めることになったそのカマキリは、同じ場所に留まったまま、首をもたげ一点を凝視していた。強くつかめばすぐにでも息絶えてしまうほどの小さな虫が、私の眼の前でマキシモ・ゴメスの風格を漂わせ、堂々たる姿で君臨している。そこには怯えや迷いなど微塵もなく、確実に一歩を踏み出そうとする決意をこめて。 希望の虫がゆっくりと動きはじめた。壁の高みに向けてどこまでも、どこまでも･･････。</p>
<p>（隔週日曜更新）</p>
<hr />
<p><h3>著者紹介</h3>
<div class="author-profile">
	<p><a href="/image/portrait-kubota-640.jpg"><img src="/image/portrait-kubota-240.jpg" alt="窪田　暁 （くぼた・さとる）" /></a></p>
	<p><strong>窪田　暁 （くぼた・さとる）</strong></p>
	<p>1976年生まれ。私立大学にて事務職員として勤務しながら、<a href="http://www.narapu.ac.jp/" target="_blank">奈良県立大学</a>商学部、<a href="http://www.kobe-u.ac.jp/" target="_blank">神戸大学</a>大学院総合人間科学研究科を卒業。</p>
	<p>現在、<a href="http://www.soken.ac.jp/" target="_blank">総合研究大学院大学</a><a href="http://www.soken.ac.jp/rcourse/bunka/" target="_blank">文化科学研究科</a>（<a href="http://www.minpaku.ac.jp/" target="_blank">国立民族学博物館</a>）に在籍。ドミニカ共和国からアメリカに渡る野球選手を「野球移民」と定義し、彼らの移動経験とスポーツを介した国際移動の実態を現地調査によってあきらかにすべく研究中。</p>
</div>
</p>
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