d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから


最後の敬意

2011年10月22日

2009年3月12日 イフェ モダケケ地区の友人の実家敷地内にて

9jaの葬式は明るい。生演奏が聞こえてきて、スピーカーからも大音量で声がしている。道沿いにはテントが張られ、伝統衣装で着飾った人たちがたくさん集まって何やら騒いでいると思えば葬式だった、なんてことはよくある。一見、結婚式とまったく区別がつかない。

ミュージシャンを雇って、料理をふるまい、贈り物をして、大金を使う。そう、ただ、祝うためだけに。踊っていたら、悲しみなんてどっかにいってしまう。

会場をよく見まわすと、亡くなった人の顔写真がいたるところに貼られている。式のプログラムの表紙、贈り物(日本でいう香典返しの品)としてのオリジナル手帳やカレンダー、それを入れる紙袋……はなばなしく、誇らしい「遺影」だ。

演奏に忙しくしているミュージシャンが言った。
「ここでは死を喜ぼうとするんだ。葬式は最後の敬意なんだよ。それしかできないから。死んだ人を生き返らせることはできないし、亡くなった親に食べ物をあげることもできない。だから次にやるべきは、神さまがその人に与えてくれた命に感謝して、祝うこと」

「聖者の行進」はどこからともなく聞こえ、去っていく。

Photo
葬式で歌をうたう女性たち。亡くなった人を偲んで、明るい歌(このときは、キリスト教聖歌)を元気よくうたっている。ナイジェリアでは、イスラム教徒以外(キリスト教徒・土着信仰)は、死後数週間から数か月後に埋葬・葬式をおこなうことも多い(それまで、遺体はホルマリンなどを使用して可能な限り安置しておく)。華やかに式を挙げることこそが亡き人への最後の敬意であるという、死に対する彼らの考え方が葬式のスタイルによく表れている。しかしその一方で、若くして逝去した場合、あるいは大往生であっても貧しい家庭であれば葬式をおこなえず、身内など少人数のみ集まって埋葬し、祈りを捧げるという現状がある。明るく華やかな葬式は、逝去した人およびその家族の経済状態を明示するものでもあるのだ。
2009年3月12日 イフェ モダケケ地区の友人の実家敷地内にて

(毎週土曜日更新)



著者紹介

緒方しらべ

緒方しらべ (おがた・しらべ)

1980年島根県に生まれる。18歳まで福岡県で育つ。ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)にて学士課程をへて、2005年に同大学院修士課程を修了。2007年より、総合研究大学院大学文化科学研究科にて博士後期課程に在籍。

2003年以来ナイジェリアでフィールドワークに従事し、造形活動にたずさわる人びとをテーマに研究をおこなっている。

(株)清水弘文堂書房

TEL 03-3770-1922 FAX 03-6680-8464

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