d beauty of 9ja ― 魅するもの、ナイジェリアから


水に溢れるもの

2010年3月27日

毎朝わたしが部屋の入り口に並べる、井戸から汲み上げた1日分の水 (右に並んでいるような、普通サイズのバケツ約8杯分。左にある黒のふた付きポリバケツには、右に並ぶバケツ4.5杯分の水が入っている)。2009年10月15日 イフェ、モダケケ地区の下宿にて

わたしが生まれ育った国では、誰にも会わなくても、蛇口からも、トイレからも、シャワーからも、洗濯機からも、欲しいときに水が出てくる。小学生だったころ、夏に一度だけ数時間の断水を経験したことがある。節水と書かれたシールはよく目にするけれど、水に困ったことはない。「体によい」と聞いて休日にどこかの田舎に湧き水を汲みに行ったのと、たまに市販の飲料水を買う以外、水を運んだこともない。

わたしがやってきたこの国には、水の出る家も、出ない家もある。水道はあっても水の通らない家がほとんどで、家の敷地内または近所の井戸や水タンクに水を汲みに行き、運んでくる。大きな都市であれば、リアカーでポリタンクの水を家庭まで運ぶ水売りがいる。水18リットル、20ナイラ(約12円)。水売りを見つけたら、アパートの4階からでも大きな声で彼を呼びとめ、水を運んでもらう。生活水をもとめて誰にもかかわらずに日常をおくれることはない。

井戸や水汲み場で誰かに会っては、挨拶し、手を貸しあう。両手や頭でいっぱいの水を運ぶ人と道ですれ違えば、「エローラオ(気をつけて、ゆっくりね)」と、見知らぬ人であっても必ず声をかける。水道局が地域の公共水タンクを気まぐれに満たせば、急いで帰って家のみんなに伝える。体調の悪い日には、誰かに頼んで水を汲んできてもらう。井戸に何か大切なものが落ちれば、みんなで知恵をしぼってそれをすくい上げる方法を探す。雨の降りつづく日に友人がやって来れば、好みの湯加減を聞いて、水と熱湯を混ぜたバケツ一杯分の湯を準備し、その湯を小さなボールですくいながら温まってもらう。これがここでの「風呂に入る」ということ。バスタブにお湯をはってそれにつかるということはもちろん、シャワーもほとんどない。

水道管はめったに潤わないけれど、出会いや出来事、そしてそれにまつわるエピソードが、この国の水には溢れている。

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毎朝わたしが部屋の入り口に並べる、井戸から汲み上げた1日分の水 (右に並んでいるような、普通サイズのバケツ約8杯分。左にある黒のふた付きポリバケツには、右に並ぶバケツ4.5杯分の水が入っている)。
2009年10月15日 イフェ、モダケケ地区の下宿にて

(毎週土曜日更新)



著者紹介

緒方しらべ

緒方しらべ (おがた・しらべ)

1980年島根県に生まれる。18歳まで福岡県で育つ。ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)にて学士課程をへて、2005年に同大学院修士課程を修了。2007年より、総合研究大学院大学文化科学研究科にて博士後期課程に在籍。

2003年以来ナイジェリアでフィールドワークに従事し、造形活動にたずさわる人びとをテーマに研究をおこなっている。

(株)清水弘文堂書房

TEL 03-3770-1922 FAX 03-6680-8464

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